走った後にシャワーを浴びて

穏やかな花曇りの朝を迎えたドイツ北西部。晴れてる時に行くしかないと思って走りに行ってきました。朝9時半の外気温は寒く、帽子をかぶりながら半分凍った未舗装の道を運河に沿って走ります。仕事が始まって少し過ぎた時間この時間に外で歩いたり走っている人たちは心の余裕が多いのか、笑顔で挨拶をしてくれる人が多いんですよね。見た目が明らかなアジア人の異分子の僕に挨拶をしてくれるのなんてありがたい。これで僕の1日の気分も上がるので、自分はなんて単純なんだろうって思ったり。

帰ってきて熱いシャワーを浴びたところでふっと一息。この安堵感が走る醍醐味でもあるように思うのは僕だけではないはず。

水滴を落としながらタオルで体を乾かしていきます。僕の拭き方はどうも大雑把で80%の仕上がりの様。僕の掃除と同じなんです。だけど足はちゃんと拭くんです。足の指の間まできっちり。多分これはアメリアでの生活が影響しているのかなって。

僕がアメリカで英語を勉強していた時に、大学付属の語学学校で勉強をしていたんですよね。その時に住んでいたのがホーマンホールという大学の寮。2人部屋でハイミー君と言う僕より1歳下の18歳だけどもっと年上に見えるラテン系のフットボールの選手と相部屋だったんです。運動う選手にありがちな騒ぎ立てるタイプでなくて、穏やかでしかも頭がいい子で。今ごろ何をしているのかな?と、話がそれてしまいましたが、寮ではシャワーとトイレが共有だったんですね。各階にシャワー室とトイレがあって、便器4個、シャワー6個の空間。各階にたぶん20-25人ぐらいが住んでいたのかな?シャワーはタイル張りで個室になっているのですが、ある友達に”シャワーの時はサンダルのようなものを履いて浴びたがいいよ。床はあんまりきれいではないし、水虫をもらったりするだろうから。”僕はその助言道理にシャワーをサンダル履きであびて、その後は濡れた足をきっちり拭いてシャワー室を出るという習慣がついたんですよね。

おかげさまで今も水虫知らず。水虫と言えば、英語でなんて言うか知っていますか?

Athlete’s footって呼ばれるんですよ。アスリートの足。なんか魅力的な響きですよね。これもアメリカでのなんですが、そのころ付き合っていた彼氏とその友達が話していて最近アスリートフットなんだよね。って言っているのを聞いて。”そっか、かなり走り込んだり、スポーツしたりして土踏まずがかなりあるってことなんだろうな。”っていう誤解をもって解釈していて、元彼に、”僕の足はどう?アスリートフットじゃない?”って走るのが得意だった僕は誇らしげに見せたのですが、”一瞥して”いや、違うよ。”って即否定。そんなちゃんと見てもいないのに僕の足が運動向きでないって下されたような気になってガッカリしていたんです。その後、”どうしたらあうりーとふっとを手に入れれるかな?”と言う僕の問いに怪訝な顔で、”なんで?欲しいの?普通は誰も欲しがらないよそんなもの。”っていう後にシャワーで写ったりするという話を聞いて水虫とアスリートフットがイコールで僕の中で繋がったのでした。その後は二人で大笑い。

こうやってふと、昔過ごした日々の思い出が蘇ってきてふと微笑んでしまいます。

 

心が溶けそう、プンピパー君

インスタグラムを始めてから携帯のカメラで写真を撮るという行為が最近増えたんですよね。僕が最近まで使っていた携帯は写真のクオリティーも悪いので殆ど使ったことがなかったので鵜sが、ユリ君からおさがりでもらったこのケータイは、写真家泣かせのハイクオリティーで、ビックリ。いろいろな機能もあるなって使いながら感じていたのですが、昨日ついに発見してしまったんです。シャッタースピードとか、ISOとかマニュアルで変えて好きなように撮れるという事を!!写真について詳しくない方は、この単語を聞いても???って感じでしょうが、”マニュアルでも撮影できるんだ。カメラと本と一緒だなー。”って感心してしまいました。こうなるとね、写真をプロに頼もうって時代でもなくなりますよね。

インスタグラムの写真はすべてケータイで撮った写真しか上げないのですが、このブログであげる写真はすべてカメラで撮ったものです。そこは少しだけ差別化を。携帯のカメラも色々な機能があって面白いのですが、やっぱり持ち運びは重いけどカメラで撮って自分の好きはソフトウェアーで編集した写真が一番好きだなって思います。

好きなものって人それぞれ違いますしね。もう30数年間生きてきて自分の好きなものはこんなものだなって朧げな輪郭があるんですが。皆さんもそうじゃないですか?

けどそれが時に、”あー。こんなものも好きなんだな。”って思える時があって。それがね、一昨日もらったバレンタインのプレゼントの中にあったんです。

この手のひらサイズの熊の置物。これが本当にかわいくて仕方がないんですよね。なんなんだろうこの感情はって位にこの置物に愛情を感じています。けどね、これがお店に売ってあっても僕は買っていないと思うんですよね。”かわいね。”だけど、終わっていそう。

と言う事はこれが好きな人から送られたことにこの感情を帰依するのかと、考えてもいたわけです。けど、ユリ君からもらった初めてのプレゼントではないし、自分がずっと欲しがっていたものでもない。けど愛おしく感じるんですよね。”そうそう。これが僕の生活に必要だったんだよね。”みたいな。けどその必要性は、パソコンとか携帯とかの必要性ではなくて、つい見ていると微笑んでしまいたくなるような必要性。

それで考えてみたんですけど、もう一つそなものがあったなって。これはミニがくれたものなのですが、本のしおり。確か何年も前にミニが誕生日のプレゼントとしてくれたんです。黄緑の小さなカエルの頭には金色の小さな王冠が乗っていて、カエルの下腹部のところからシルバーの平らな棒が伸びていてこれを本に挟むんですね、するとカエルが本の上にちょこんと乗っている状態になるんですね。想像できます?この王冠があまりにも使って取れてしまってそのたびに瞬間接着剤でつけてるんですが。これも見るたびに笑顔になるんですよね。だけどこのカエルのしおりも絶対に自分では買わない。

底がポイントなのかな?自分では買うことは絶対ないけれど、好きな人や自分のお気に入りの人が贈ってくれて、”あ。こんな感じのものが実は僕好きなんだ。”ってそこで気が付けることが。それまではこの熊にしろ、カエルにしろ欲しいものとして心の中にもないので貰って、この存在が意外と自分に必要だなって気が付いてその存在が想像を超えた喜びをもたらすことになるんだろうかと。

何はともあれ、この熊がかわいくて仕方ないこの数日間です。名前は何にしようかなって思ったりしてるんですが、”プンピパー”にしようかなって。これね、僕がよく言葉にならないときに発する音なんですが、最近はよくユリ君も使うんですよね。

ハイブリッドの人間に会う

クロヒョウと人間のハイブリッドっに出会ったことありますか?。僕、あっちゃいました。全体的はクロヒョウのフォルムで、顔つきがどことなく人間の雰囲気を少しクロヒョウに取り込んだ感じかな。だけどその目は人間の目でした。何となく吸い込まれてしまいそうな目で。世話をしている女性の人が触ってもいいというので恐る恐る手を出すと、猫の様に頭を僕の体に摺り寄せてきて、かわいらしんですよね。その女性に、どうやら気に入られたみたいね。”と言われて満足する僕。そのハイブリッド君とその女性を残して数メートルほど歩くと、背後に人の気配が。振り返ると2mほどの身長の人物が。あのハイブリッド君、ヒョウのような格好にも、人間の格好にもなれるようなんですね。”電話番号教えて欲しい。”と携帯を差し出してきました。

これ、昨日見た夢なんですけどね。なんか面白いでしょ。

その後、僕はそこを後にして先に進むのですが、レンガを敷き詰めた5m先が突然なくなっているんです。そのレンガの道は15mほどの向こうからはまたその奥に続いているのに、、、。その15mの間が、、、。道の終わっているところまで歩いていくと、そこからは20mほど下に街が見ます。車が走っていたり、人が日向ぼっこをしていたり。高所恐怖症の僕はそこで体が固まっているのですが、どうにかして向こう側に行かなければならい、、、、。するとどこからか声が。”思いっきり走って飛べばいいんだよ。”声のほうを見ると体付きの良い髪を剃り上げた男性がサングラスをかけて立っています。僕が高いところが苦手なことが分かったようで、”弱虫だな。高いとこから飛び降りるのは踊ることなんだよ。”と言われ社交ダンスの様に両手を持たれたと思ったら、そのまま何もない空中へと引きずり出されました。

”リズムが大事なんだよ。”といわれ数字をカウントするその男性。20m先の地面はまだはるか遠く。なぜかと言うと落ちる速度が物凄く遅いんですよね。水中をゆっくりと沈んでいく感じかな。それに縦に落ちているというよりかは、大きな円を描いている雰囲気。螺旋階段みたいに。その落ちていく間も僕たち二人は踊り続けます。

そしてその踊りの途中で目が覚めました。

不思議な夢ですよね。怖い夢ではなかったので、起きた後に叫んだりとかはなかったのですが、不思議な気持ちが体中に残っていてその後また眠りに落ちるのが難しかったです。

そんなその日の夢とか、1日の出来事をブログのほかにもう1つ書き記すところがあるんですよね。

僕のブログを長年にわたって読んでくれている人はご存知ですよね。日記です。日記を書くのはブログを書くよりも少し前、イギリスにきて1年過ぎたあたりからちゃんと書くようになったから、ちょうど10年かな。ちゃんと書き始めたころからPaperchaseというステーショナリー屋さんのオリジナルの日記を買っているのですが、今年はこれに。

日記をつけるのが女性が多いのか、最近は花柄とか、かわいいデザインのものが多くて、、、。買うときに迷ったんですけど、オランダの画家.デ’・ヘームのような暗い背景になまめかしいまでの花の感じが何となく面白いかなと思って購入。どうやら一冊一冊花の模様の使われ方が違うようで、僕はこの赤、黄色、紫の花それぞれが自己主張の強いものに。

今年になって朝起きてその前の日について書くんですけど、書く内容が変わって来たなって思います。昔は寝る前に帰ってきてその日の出来事をただ書いている感じだったけど、今は何をしたかよりも何をおもっているかとか内面的な事を書くことが多いなって。書きながらよく思うんですけど、日記を書くことってセラピーだなって。

書くことによって嫌な事やつらいことを思い返して、それを言葉にして書く。すると、言葉にすると”あれ、そんなに悩むような事でもないのかも。”って思えることが多くあるんですよね。もし悩んで眠れないような人がいるなら、日記を書くことお勧めしますよ。

 

本はよく噛んで味わいましょう

金曜日ですね。ユリ君は、今日は残業都築だった時の時間を有効利用してお休みを取っています。こんなところがドイツはすごいなって思います。残業をお金に換算してもらうのか、ほかの日に当てて平日を休みにするとか。良く出来たシステムです。僕と言えば少しだけ、緊張気味。実はついに地域の学校のドイツ語講座のレベル分け試験に招待されているからなんです。あと4時間もなく、テスト。けど、特に最後にテストに向けてやれることもないし、楽しんできます。ユリ君がついてこようかというのですが、なんでも頼ってばかりはいけないので一人で行ってきます。レベルは6つに分かれていて、下から2番目、よければ下から3番目のクラスには入れればいいかなというのが僕の目標。頑張ってきますね。

引っ越しについては色々と動きが。土曜日に見に行く田舎のアパートは時間の設定も決まって、あとは見に行くだけ。問題は駅までの距離と、インターネットの遅さ。そんな中、ユリ君から新しいアパートの情報が。新しく建てられたアパートで、駅からは歩いて30分ほどだけど、スーパーなどは歩いて5分。床暖房完備で、エレベーター付きといい環境。ただ、値段が少し高かったので聞いてみると、暖房費などの電気量が新しく優秀なアパートは抑えられるから、そこまで問題ではないとの事。それで、これも不動産やを通さずにプライベートでの交渉なので今日の夕方、見学に行けることに。今朝の朝まで喜んでいたのですが、ユリ君の気にするインターネットの速度を調べたら、周りのところは全部早いインターネットなのに、ここ周辺の20mだけポッカ入り穴が開いたように高速インターネットが通っていないという事実が。人生上手くいかないものですね。笑

皆さん読書は好きですか?僕は活字中毒と言っていいほど、何かを読んでいないと落ち着かいといほど。今も4冊の本を並行して読んでいます。4冊同時に?って思われる人もいると思いますが意外とごっちゃにはならないものですよ。もちろんすべて違ったジャンルのものだからだとは思いますが。一つは紀行文、一つは小説、一つはライフスタイルについてで、最後は詩集。どれも1日に割く時間はそれぞれ15分ぐらい。

最後に出した詩集なんですが、これが素敵なんですよ。ミニから2年前にクリスマスプレゼントでもらったものなのですが、中に366の詩が入っていて、それぞれに日付が売ってあるんですね。なので、1月12日はこの詩。それとその詩人やその詩についての短い文章も添えられているんです。今までそこまで詩に特に英語の詩に興味を持ったことはなかったんですが、読み始めると言葉数が少ないぶん、自分の頭の中での想像力をフル活動させなくちゃいけないのも面白い。あとは、この本を編集した人がその季節に合ったものを選んでいるので、詩的な季節感を味わえながら眠りにつけるのも幸せも。

昔は本を読むときに、早く読もう。なるべく多くの本をって気持ちで読んでいたように思います。ただね、それをやめました。もちろん、僕は速読の技術も持っていなしそんなに速く読むのが得というわけでもないのだけれど、今はゆっくりと噛みしめるように本を読んでいます。例えば小説は夕飯を作ってシチューを煮込んでいる時間だけ読むとか、デンマークのライフスタイルを書いた本はユリ君がゲームをしているときに読むというように。

じっくり読んでいくと不思議なものでその著者の書き方みたいなものが見えてきて面白かったりします。この人はこんなにも一つの物事から物事を飛躍させることが出来るんだなとか、時間配列ごとに物事を書くのでなくてそれをばらして組みなおすとこんな不思議な感覚に陥るんだなとか、この本は男性目線で書かれているけれども本当に言いたいのは女性から見た視線や思いなんだなとか。これがゆっくりと読むといろいろなことが見えてきて面白いし、その作者の人生哲学が散りばめられているようで、それに気づくのもまた楽しみであるように思います。

どうですか、皆さん始めてみませんか?本を読むのではなくてじっくりと時間をかけてかみ砕いて味わうという読書を。

カモとガチョウの日

気が付けば2018年もすぐそこまでに迫っているのでね。師走と言われる今月は皆さんも、忘年会、クリスマス、大掃除などの新年へと向けた準備でお忙しいのではないでしょうか?また数日間ブログを書かないでいたのですが、じつはちょっとユリ君の両親の家に行って早めの家族ディナー会があったのでその間お休みしてました。

また、日常生活に戻ってやっとブログを書いていると言った状況です。

日常の生活に戻って、朝6時15分の起床をしているわけですが、どうやら頭の目覚めは肉体的な目覚めよりも少し遅いようで、、、、。昨日の朝に少しアップテンポの音楽を聴いて早朝のストレッチ代わりの躍っていて、歌詞の中にDOWNっていう所で弾みよく左手を下げたら僕の左頬に命中、、、。朝と夜にしかかけない眼鏡で距離感が狂ったのか、頭が眠っていたのかわかりませんが自分で自分を殴ったことにまず驚いて一瞬の放心状態。床に落ちた眼鏡を拾ったら、どうも左の頬がいたい。鏡を見たら少しだけ切り傷に、、、。親指の爪でやってしまったみたいです。36歳。人生学ぶものは多いですね、いまだに。

話を先週末に戻します。

いつもブログを読んでいる方たちはお分かりの様に、ユリ君は兄弟が多いんですよね。ユリ君を合わせて6人兄弟。ただし、上の4人はお父さん、お母さんがひとつ前の結婚の時にできた子供なので、ユリ君はこの4人とは仲がいいものの年齢差もあるし、一緒に住んではいなかったんです。100%血がつながって、一緒に住んでいたのは下の妹のみ。なので、家族が集まるクリスマスの時期は何かとスケジュールを考えるのが難しいんです。特にその兄弟たちが結婚してパートナーができると。

大体は今年はクリスマスを片方の家で、次の日をもう片方の家でというのを毎回入れ替えながらしているようですが、僕は日本人でクリスマスに家族で集まるという習慣もないし、お正月に日本に帰るのはとても遠いので、ミニの時もユリ君の時も彼らの親のところで過ごすので何も問題はないのですが。

そんなちょっと複雑な家族環境にあってか、ユリ君の両親の家では毎年、2回クリスマスのディナー会が開かれます。1つはクリスマスの日に、そしてもう1つはクリスマスの数週間前の週末に。その日はカモとガチョウを食べるので、”カモ、ガチョウの日”と呼ばれています。

今年はみんなの都合で12月の最初の2週にこのカモの日を実施することができず、クリスマスの1週間まえの週末に。

デンマークから2家族、ユリの両親、ドイツにいるユリの2家族、そして僕たちの総勢14名。もちろん、家族で食べるご飯なので座って、一緒に食べます。

見ての通り、かなりギチギチなんですけれどね。けど、このテーブルやいす、それに照明も素敵だと思いませんか?この家にいると落ち着きます。

料理はネギのビシソワーズで始まり、メインはガチョウのオーブン焼きと、グリルされたカモとキノコを合わせ絶品で、付け合わせにビートルートの細かくなった煮物、青野菜のクリームソース和え、ジャガイモをボール状にして茹でたダンプリングが。

去年、初参戦した僕はこれが2度目。回数を重ねるたびに仲良くなっていく感じが増して、自分の子の家族に少しづつ溶け込んでいくんだなって思います。家族で行ったホリデーとか、それぞれの人の仕事や近況なんかが語られ前よりも少しだけその人の事を詳しくなっている自分がいる。これって地味だけど、幸せな事ですよね。

そういえば、ユリ君の家に行って一度も”お客さん”扱いされたことないなって思います。日本だと、”何が食べたい?”とか、”もう少し、何かを持ってきましょうか・”なんて聞かれることが多いけど、この家でそんなことはないかも。もちろん、”何をご飯の時には飲みたい?”とかは聞かれるけど、必要以上に気を使って心配されたことはないかも。だから、居心地がいいのかもしれませんね。

今回も屋根裏から椅子を運んだり、食べたも食器を片付けたり、外の鳥のえさ場にエサを足したりとお手伝いしてきました。

そう、そしてまた僕たちは今週末にはユリ君の両親の元に戻って、クリスマスを過ごします。今回は人数も減ってクリスマスイブのディナーは6人だけ。それはそれで、また楽しいものになりそうです。

 

なんでもない日、おめでとう!!

月曜日の朝は、雲が多くは見えますが所々に空の青さも見えているドイツ北西部です。ただ、時に突然に雨が降ってきたりと予断を許さない感じで外に出るタイミングがどうも取りにくい感じもあります。それでも、青空が少しでもあるというのは心への余裕が生まれますよね。

さて、今日のブログがどこから来たのかわかる人は、かなりのディズニーファンかと。これ、不思議の国のアリスからのセリフの一部なんですよね。帽子屋と、ウサギが、”なんでもない日、おめでとう。”ってお茶会をしている時ですね。誕生日なんて365日のうちで1日しかない。だったら、残りの364日の何でもない日をお祝いしたほうが楽しいじゃんってことらしいです。確かにね、逆転の発想って面白いですよね。

さて今回、僕がんなぜこのタイトルにしたかと言うと、それは先週の土曜日。いつもの時間よりも遅めに起き上がったのが朝の8時半。悪夢にうなされて決していい目覚めではなかったのですが、、、。隣を見るとベットは空。ユリ君はどうやら先に起きているようです。

顔を洗おうとバスルームに行くと、穏やかな太陽光線が摺りガラスの向こうから入ってきていてセントラルヒーティングのその部屋の中はほど良い温度。

”あー。なんて幸せなんだろう。”って思ったんですよね。何もなかったのに。本当に突然に。

そんな日ってありませんか?別に特別な事があるわけでもないし、何かもらったりしたわけでもないのに、”うわー。幸せだな、僕って。”って思う日が。僕は年に1-2日ぐらいあるかな、こんな日が。

そんな日って本当に何でも、どうでもいいことが”いいなー。”って思うんですよね。外の風景とか、朝ご飯の紅茶の香りだとか、シャワーの温度とか、観葉植物が水を吸って土が湿り気を帯びるとか、本当にいつも見てたり、触れたりしているものが嬉しかったり、幸せを感じたり。なんなんだろう、あの感覚は。だけど、そんな日は”人生って、素晴らしい!!”って叫びたくなるような衝動に駆られてしますんですよね。

そんな朝から始まったので、1日中ワクワク感に覆われていて、最近毎日のように来ている配達屋さんが今まで僕の事をユリ君と思っていたけど(ユリ君宛の荷物を僕がいつも受け取るので)、この日は僕宛の小包をユリ君が受け取って、”そっか、君がユリ君で、いつもの子がTakなんだね。”って納得して帰って行ったことや、昼に作った僕のスープが本当においしかったこと(ジャガイモ、タマネギ、インゲンをベースに水煮のトマト缶で煮たもの。)が何か特別なことに感じられて、その配達員さんや、スープをいとおしいなって思ってしまうほどに。

なんでこんな気持ちになるのかな?何かきっかけでもあったかなって考えたとき、そういえば、、、。

海外に住んでいる人ならわかると思うのですが、ユーチューブって本当に日本の情報を手に入れる時に便利ですよね。中には日本で放送されたものがほぼその1時間後には見れたりして。本当は著作権とかで駄目なんでしょうが、、、。観てしまいますよね。

その中で、”あなたへのおすすめ”みたいなのが出てくるでしょ?そこで見つけたもので、何気なく見たら、、、、。号泣したものがありました。もしかしたら、このユーチューブの影響かな?

そのテレビ番組とは今年の9月末で放送を終了した、テレビ東京制作の”世界!ニッポン行きたい人応援団”っていう番組なんです。

なんでも海外から日本に行きたい人をフェイスブック上で募集を募り、その中から選ばれた人が来日するというもの。僕が見たのは少し違って、ポーランドで開かれている日本祭りに遊びに来ていた女の子にインタビューをして、その子の日本の木造建築や文化に対する熱い思いにスタッフが感心して、日本旅行をプレゼントした形式でした。

この、13歳のポーランドの子の、あまりの喜びを素直にあらわす表情や身振り、純粋な気持ちがあまりにもストレートの僕の胸に突き刺さって、涙を出しながら見てました。

こんな気持ちの時あったな。この感情って大人になると心の奥深くに隠してしまうけど、もう一回掘り返さなきゃなって思いました。

たぶん、このテレビのタイトルと13歳ポーランド少女で検索すれば見れると思いますよ。

時に泣くことって大事ですよね。ハンカチを片手にご覧ください。

 

 

自分の生活に本当に必要なもの

今日の朝は深い霧でおおわれています。朝焼けの時は少し視界も良かったのですが、午前10時半の今は15m先は白い世界に。先ほど買い物にでかけたのですが、水分を多くまとった空気のためか肌に厳しい寒さを感じました。

でかける前に窓を開けて温度をチェックしたので、薄着ではなかったのですが顔や耳は少しジンジンとしてしまうくらいに。12月をもう少し出迎えるので、これもしょうがないのかも。大事なのはそれに対する防寒でしょうか。幸運にもユリ君のお母さんのおさがりの真っ赤な冬用のジャケットを去年もらったので、上半身は寒くないんですけどね。おさがり、、、。そういえばドイツにきてかなりのおさがりをもらったなって。ユリ君からも履けなくなったジーンズだったり、ユリ君の両親からは布団とか、手袋だとか。

人って状況に応じて変わるものなんだなってしみじみお思います。

僕が高校生の時は”自分のブランド”のようなものがあって。この人は、アールニューボールド、あの子は、APCとかね。それで、なるべくブランドが被らないようにしていた、十代の日々。僕はポールスミス、GUESS, PPFMだったかな。バイトもしていたし、家にお金を落とす必要もなかったのであの頃は値段が高くても買えていたんですよね。今から思えば、”何もそんなにもお金使わなくても。”と思う事なんですが。けど、そのほとんどを今でも着れるので、値段の分物持ちはいいのかもしれませね。

もちろん、今でもファッショナブルでいたいなとも思うし、自分で洋服を買うこともあります。だけど、ブランドだから買うという事が無くなったように思います。自分に似合う物、長く着れそうなものを、自分の納得いく値段で買う。そんな買い物の仕方かな。

ドイツに引っ越してきたのが8月の終わり。ダンボール10個に必要だと思えるものを詰めてここに送りましたが、いまだに未開封のまま。それには理由が。ユリ君の仕事場までここから今は車で40分ほど。それをユリ君は変えたいらしく、会社の近くの町に引っ越しを考えていると言われたんですね。その時の雰囲気から言うと”いい物件があればすぐに!!”というもので、すぐに引っ越すになるのならこのままはこの中に入れておいたほうがいいかな、と放置してたわけです。

けどこのユリ君の言う、”いい物件”と言うのがかなりハードルが高いようで、”ここは暖房効率が悪すぎる。””ここは、家賃が高すぎる。””ここは中心地から離れすぎている。”とで一向に決まる気配なし。

それで気が付いたんですけど、結局は自分の生活に本当に必要なものと言うのはあんまりないのかなという事。だって、あの10箱は引っ越しの際に断捨離をしてこれはこれからの生活にいるであろうなと思って持ってきたけれど、それから3か月。この箱を開けずに生活をしている自分がいる。なんかそう思うと、人間、身一つでどうにかなるもんだなって。

けど、何が必要不可欠かなって思うと、本、音楽、映画。もちろん、衣類や食料品などの生活必需品はいりますが、、、。だけど今の時代、音楽と映画やドラマはネットがあればいつでも見られますしね。といいつつ、今は本も電子書籍か、、、。けどやっぱり、一つだけと言ったら本になるのかな。

想像の世界に行ける本はやっぱり、捨てられないですよね。何か辛いことがあっても、本を読めば少しの間でも違う世界に意識が飛んでいけるし。本の物語や主人公から人生を疑似体験して学べることも多いしね。

そんなことを考えながら今朝の買い物に行った僕でした。霧の日は周りが見えないぶん、自分の考えにフォーカスが強く当たるようです。

ちなみに今は朝に日本の面影を朗読し、夕飯を作るときには江國香織著、東京タワーを一章、夕飯の後のくつろぎの時間に村上春樹のエッセイを数ページ読んで過ごしています。少しづつ読む、味わって読むというのが最近の僕の読書のお気に入りです。

ただいま、故郷 阿蘇

最近はドイツ語の勉強に毎日力を入れているんです。実は地域学校に申し込みをした時に、”では次回はクラス分けのテストをするから、そのときね。”と言われているからなんですね。クラスは6つのレベルに分かれていて、全くの初心者な僕は多分一番下かその一つ上。人によって授業料が無料か有料かがあって、僕は無料の対象には入らないので、ユリ君曰く少しはドイツ語理解できてるんだから少し上のクラスに入れるように頑張りなと言われて目下勉強中。言語を学ぶことは好きなので、苦ではないのいいことです。

ただ、言語って毎日、練習したり使ったりしていないといつの間にか消えてしまうものでもあるんですよね。ミニも昔は日本語を結構理解して、喋ってもいたんですが最近はどうも難しくなってきたみたい。大人になって覚えるほうが習得するのに時間はかかりますが、忘れていくのもゆっくりなのは得かなって。逆に子供は物凄い速さで言語を習得しますが、忘れるのもものすごく速いんですよね。

アメリカにいたときに普段は日本人の母親と喋る時以外は英語の4歳児の子供がいて、その子が家庭の理由で日本に三か月滞在することになったんですよね。日本滞在の間はもちろん、日本語だらけ。最初は戸惑ったようですが、底は適応能力の早い子供。すんなりと日本語をしゃべるようになったんだとか。そしてアメリカに帰って、アメリカ人の父親と再会。ただ、英語で話す父親の英語が最初は理解を出来なかったようなきょとん顔だったらしんです。もちろん、その後英語の環境に戻って喋れるようにはなったんですけど。

僕も日本に1ヶ月滞在していて、その間にドイツ語の勉強を怠ったのでまた最初から頑張ってやり直しています。基礎力が言語習得では大切ですからね。

そんな1ヶ月の滞在のほとんどは僕の故郷の阿蘇で過ごしました。阿蘇に帰ってくるのは2年半ぶり。その間に洪水があったり、阿蘇山が噴火したり、地震があったりと厄年のような阿蘇。いろいろなところに自然災害の爪痕がまだ残っていました。

それでも、自分の地元はいいものですよね。

僕は車の免許を持っていないので、阿蘇での移動手段は徒歩か、自転車。だけど、田舎の町で歩いている人なんて本当に少ないんですね。

阿蘇も色々な商業施設や、建物が建って僕が昔過ごした町の雰囲気は薄れてしまっていて何となく物悲しくなってしまいました。小学校に行ってみたら、もう使われていなくて雑草が山のように生えている中に廃墟のように建っていて。子供がいない学校と言うのはこんなにも悲しいものなのかと感じました。寄り道ぎみの通学路を歩くとすべてが小さくなっててびっくり。もちろん、道路が、家の塀が、ゲートボール場が小さくなったのではなくて、僕が大きく成長しすぎてしまっただけなんですけれどね。

自分の家の周辺を色々と歩いたのですが、何かが違う。僕の子供の頃の思い出の阿蘇とは違う所のように感じる、、、。人の心の中で思い出って美化されてしまいますしね。時代とともに人も物も、空気も変わってしまうのかなとおもって、自転車に乗って山のふもとへ。

そこで、突然に出会ってしまったんです。僕が子供のころを思い出させてくれる空気と、風景が。

昔ながらの横長の平屋の家、家の近くにある小さな畑。コンクリートではない石を積んだ川べり、農作業の人々がその日の取れた野菜を自宅用に泥つきのまま家に持って帰るその姿。どこかで燃えているであろう焚火の匂い。

しかも、道路で子供たちがサッカーをして遊んでいたんです。ゲームに夢中で外で遊ばなくなった21世紀の子供たちとは無縁のように、楽しそうにボールをけっていて。そのうちの一人の子が挨拶をしてきて、”ここだと車は来ないのかな?”と聞くと、”来るときもあるけど、その時は一時中断すればいいから。”との返答が。確かに、僕もそうやって遊んでいたなって。車どおりの少ない道が昔は遊び場だったなって。

景色が、そして空気が忘れ去った自分の思い出をこんなに喚起してくれるとは。あまりにもの懐かしさに目がしらが少しだけ熱くなったほど。

いつまでも、いつまでもこの景色が変わらずにいてくれたならと思わず願わずにはいられませんでした。

僕の知っている阿蘇がまだここにはあって、それにこうして出会えたことは本当に幸せな事でした。

 

冒険の旅

今日は穏やかに、せかされずに平和な朝を過ごしています。実は昨日は少しだけあわただしい朝だったんですよね。なので、ユリ君との両親との旅については明日へと。

実は昨日朝早く電車に乗って出かけてきたんです。しかも一人旅。

ユリ君におんぶにだっこな日々なので、それを逸脱するにもいい機会だし、ドイツ語を家族以外の人に喋れるとおもい、出かけてきましたよ。

場所はここ。

ハンブルク。前に訪れたこともあるので、何となくの土地勘もあるし、電車の乗り方も知っているので少しは安心なんですよね。朝9時過ぎの電車でまずは2時間ほどかけてブレーメンへ。そこで30分ほど乗り換えの電車をまって、電車に揺られて1時間。無事にハンブルクに到着。

さて、なぜハンブルクに来たかと言うと、テイクアウェーで働いていた時にいつも仲よくしていたお客さんがいて、ちょうどハンブルクの友達を尋ねにきているからその時に会える?とのメッセージをもらっていたんですよね。そうなんです。僕を尋ねてドイツに来た第1号!

特に何をするでもなく市内をうろうろと歩いて、少し遅めの昼ご飯。インテリアがかわいいカフェが軽食も出しているのでここで決まり。パスタがあったのですが、温かいのかどんなパスタなのかを知りたいと友達がいうので、ドイツ語で聞くと”お!!通じた。”それでちゃんと温かなペンネのパスタをオーダーできました。その後もまたお茶を頼んだ時にも問題なく会話を出来て、ほっと一息。とはいっても完璧なドイツ語の文章ではないんだろうけど、僕の知っている語彙の中から何となく文章にしてみて、それが通じたといういうコミュニケーションの基本は”伝えたい気持ちなんだな。”って改めて思い知らされました。

友達との結局そのカフェに2時間ほどいて、今まではお客さんと店員だったものがお互いの今までの生活を話してもっと近くになれたように思います。あまりにも話が弾みすぎて乗るはずだった電車を見逃してしまったほど。最後には素敵なお土産までいただいてありがたい。

”今度は、あなたの住む町に遊びに行くわね。”との約束をされて帰路につかれました。

僕もそこからまた3時間半ほどかけて、駅に着いたのがゆるの8時40分。プラットフォームを歩いていると先の方に見覚えある人影が。ユリ君がわざわざ迎えに来てくれたました。

本当に僕の人生は素敵な人々で囲まれているなって思えた、そんな1日でした。

 

人が変われば、習慣もまた

いつかは晴れるのでしょうが、ドイツ北西部は今日も嵐のような雰囲気。風が強く、時折はげしい雨が窓に当たるほど。先週末にせっかく窓を綺麗にしたのに、またやり直しになりそうです。

今日は金曜日。僕は朝から元教え子とスカイプをして人生話をしたり、筋肉増加を目指して運動したとやっていたらいつの間にかお昼過ぎ。時間が過ぎるのって早いですね。午後は、ドイツ語の勉強、水回りの掃除をして、その間に洗濯機を回そうかと。ドイツはイギリスと同じで部屋干しでも次の日には乾いているので雨の日でも選択ができるのでありがたい。

ユリ君との生活が始まって僕の生活パターンも大きく変わりました。

いつもブログで書いているように遅くても朝6時には起きて、就寝は遅くても10時。もちろん僕はそんなにも朝早く起きなくてもいいのですが、ユリ君と一緒に朝ごはんを食べて同じスタートを切りたいと思うので。あと、ちゃんとお見送りもしたいですしね。これは母親から譲り受けた習慣なんですが。

お酒の量がかなり減ったことも事実。もちろん、全く飲まなくなったというわけでもないですし、ユリ君が無理に飲ませないというのでもなくて、、自然に。ユリ君はどんなに誘っても、友達とバーに飲みに行っても一切お酒を飲まない、ある意味で頑固者。バーでもコーラか、水です。バーで水を頼むって、勇気あるなって僕としては思うんですよね、そんな時僕はお構いなくお酒を飲みますが、そんな姿を見ても文句も言われないし、むしろ奨励されたり。”かなり酔ったTak見てみたい。”言う感じで。昔だったら、食事と一緒にワインをなんて飲んでいたのですが、一緒にご飯を食べるユリ君が飲まないと飲んでもワイングラスの小さいものを一杯で終わり。僕の消化器官は喜んでいることでしょうね、

あとは圧倒的に野菜を食べる量が増えました。ユリ君の習慣で前菜はサラダというものがあって、僕も食事をするときにそれを取り入れたんです。昨日のサラダは人参3本ときゅうり1本。ヨーグルトとマスタードの爽やかなドレッシングを作ってかけました。

食べる量も少なくなったかも。やっぱり30代も半ばなので、あまりガツガツを食べても脂肪になるだけだし。もっと噛んで味わって食べようと言うことから時間をかけて食べるようにしています。また、誰かと一緒だと食べるスピードも自然とゆっくりになりますよね。

ドイツにきて、僕の体はかなりの幸福感を感じているのではないかなって思っているところです。