クラス分けテストとアパート見学

週末ですね。僕も昨日は、ドイツ語のクラス分けテストや、家を見に行って今ほっと一息してこのブログを書いているところです。この後、昼ご飯を食べてからもう一軒アパートを見に行ってきます。アパートや家などを見学するのは僕は好きなので苦にはならないので、今日は楽しみばっかりといったところでしょうか。

さて、まずは家探しから。行ってきましたよー。僕の今住んでいる町から車で30分ほどの町。今回は何もない田舎の方ではなくて、この2万5千人の町にある、現代的なアパート。できたのが去年で床暖房に、何やら空気を入れ替えるシステムも備えているらしく、このシステムを持っているアパートはこの町では初めてなのだとか。アパートを訪れる前にこの町の商店街をチェック。綺麗に整備されてかわいい商店街。北海に観光に行く人が多いのでしょうか?観光客を目的にしたお店もちらほら。小さな町の割には充実はお店の並びに正直驚きました。今住んでいる町よりかも洗練された感じなんですよね。

約束の時間にアパートへ。オーナーは僕たち少しだけ年齢を重ねた感じの40代初め、または30代後半の男性。彼と奥さんでこの建物を所有しているらしく、どの住人の人とも気軽に話していて、好感が持てました。ユリ君がこれまでの給料や家賃をちゃんと払っている資料を作っていたのですが、”いや。君たちは信じるに値するあから、問題ないよ。”との事。移民である僕のことについてもユリ君が説明してましたが、”問題なんて何もない。”との事。ほっと一息。この建物は高齢者にも優しいデザインになっているためかか、年連が高い入居者が多いとの事、だから若い人が入ってくることは物凄く歓迎なんだそう。

アパートは物凄くモダンで、広さも問題なし。ただ、インターネットの速度がユリ君の仕事に影響を与えること、1階であること、駐車代がプラスでかかることが問題かなと。オーナーが親切にネットのことについても同じビルの人に聞いてくれたり、自分でも何かできるかやってみると両親的に。ユリ君曰く、”彼は僕たちに入居してもらいたいんだね。”との事。

今日の午後に訪れるのは田舎の一軒家的な所。本当の田舎を味わえるところなので、僕は楽しみにしています。ただ、昨日のスーパーモダンなアパートを見たためかユリ君の心は今日の物件にはもう心が引かれていないようにも思うのですが、、、。

そして、もう一つ。ドイツ語のクラス分けテスト。頑張ってきましたよ。

学校から指定されたクラスルームに行くと、そこにはすでに3人がテストを受けるために待っていました。その後2人が加わって僕を入れて6人でスタート。まずはテストを受ける人の出席を取ります。その中である子が先生にドイツ語で何かを喋っていて、”いや、こんなに喋れるのにテスト受けるんだー。”なんて思ってたらみんな何か喋れそうで、勝手に劣等感を感じる僕。ただ、よく聞いていたらそのドイツ語をよくしゃべれる人はその隣の人の付き添いだそうで、彼があまりドイツ語が解らないから手伝いなのだそう。確かに来る前にユリ君に、”一緒に行ってあげようか?”と言われたのですが、ユリ君がいるとどうしても彼に頼ってしまうので断ってきたんですよね。どうにか自分で乗り切りたかったので。そうなんですよね、変なプライドは持ってるんですよね。笑 よく見たらみんな、保護者みたいな人が廊下で待っているみたいでした。もし、何かわからないことがあったときに助けれるように。

テストは短い説明文や広告を見て選ぶ4択問題、単語を書く問題、バラバラになった文章を元に戻す問題や手紙の穴あき分があるので、その穴を埋めるものなど。60問ぐらいかな?30分の制限時間。その後にスピーキングのテストの2つ。

テストは良く出来ていて最初の数ページは簡単でページ数を重ねるごとにレベルが上がっていく仕様。僕はそんなにも難しいのは出来ないので最初の方をちゃんと答える作戦に。テスト開始数分で、ドイツ語を喋れる子が面倒を見ている男性が部屋を出て行って、その後二人組も去ってしまいました。どうやら彼らはドイツ語の読み書きが出来ないので、面接に。結局、僕とスペイン人の女性の2人だけでペーパーテストを最後まで受けることに。

テストは40問ぐらい回答して終了。

続いて面接に。面接では、どこから来ましたか? ドイツにはどのくらいの期間住んでいますか?日本では何年間学校に通っていましたか?大学で勉強をしましたか?仕事は何をしていましたか?両親は何人ですか?ドイツ語はどうやって習いましたか?など。

その後、テストの答え合わせ。

結果は、30問の正解。ドイツ語のコースは1から6まであって、1が簡単で6が難しいなんですよね。僕の目標は頑張って3かな。と思っていたら僕のスコアは3と4の丁度真ん中。ただ、僕がドイツにきて5か月で、ドイツ語はアプリでしか勉強していなくてこれだけ理解出来て、問題も解けるなら4で頑張ったほうがもっと伸びると思うよと言われたのでレベル4で頑張ることに。ただ、次のレベル4のクラスが恥じあるのがもう少し先なのでそれまでは頑張ってアプリで勉強してねと言われました。

レベル4のクラスで僕の点数は一番下なので、勉強のし甲斐もあるかなって思います。クラスが始まるまで頑張って語彙を増やして、クラス4のクラスメイトに負けないようにしなきゃ。頑張ります。

 

妄想が止められない

今日も天気はいいのですが、寒い。体感温度がマイナス4度。多分これは風が強いせいかな。”冬は天気がよかったら走ろう。”と決めていている僕なのですが、、、、。昨日の夜は、”明日は天気がよさそうだから、走ろう!!って思っていた気持ちが今は、”けど、寒いよねー。”って気分の押されている今の自分。あと一時間後には体感温度は零度になるそうだから、重い腰を上げて頑張ってこようかな。わかっているです。いったん走り始めたらそこまでは寒くはないし、走り終えたときの爽快感と達成感。それがわかっているのに、どうしてこんなに億劫に感じるのですかね、、、。

億劫と言えば、電話で何かを問い合わせることってそれに入りませんか?前にイギリスにいる時に電話で英語をしゃべるのが一番嫌だったんですよね。相手の顔が見えないから表情やジェスチャーで補える部分が無くなるし、アクセントが強い人が出たら、、、って恐怖もあって。ただね、ドイツに越してきてからドイツ語が赤ちゃんレベルの僕にとって英語は僕の意思を伝えることのできる重要なツールであることに気が付かされたんですよね。

だって今でさえ、宅配のお兄さんに挨拶とか、何か欲しいものを買おうと思えばつたないドイツ語の単語の塊で意思を伝えれるけど、相手が何を言っているか理解するのはもう、難しい。その点、英語だと相手が言っていることがわかるし、僕の中のボキャブラリーも英語だと豊富。なので、ドイツに越してきて英語を使えることがあると、”なんて言葉が、言いたいことが伝えられる、理解できるって素晴らしい事なんだろう。”って思ってしまいます。

そんな昨日、イギリスの僕の銀行口座をチェックしてらた、クレジットカードの明細に不審な点が。海外旅行の保険が引き落とされている、、、。なぜ?僕がイギリスで入っていた海外旅行保険。毎年、更新の日が近づくと年に1回、”翌年もこの保険を続けたければ電話して更新してください。”という手紙が届くんです。これが大体において年の暮れ。去年は電話するのをすっかり忘れて、更新されていないことに途中で気が付いてあわてて電話をしたですよね。それもあって、”自動更新ではないんだな。”ってわかっていたので、今年の夏に引っ越しをするときに何もせずにドイツに来たのですが、、、。なぜか、引き落とされている、、、。

前だったら、”どんな風に説明しよう。今日じゃなくて、明日にしよう。”みたいな気持ちで電話をかけていたのですが、昨夜は気が付いたとたんにすぐスカイプで電話をしている僕。”勝手に更新されてるよ。どうして?”って聞くと、同なぜ更新されたかの理由はなかったものの、返金しますと素直に終わったので良しとすることに。言葉でこんなにもスムーズに会話ができるってありがたい事なんだなってドイツに来てから思います。それだからか、英語でしゃべってくれるドイツ人の人と会うとまるで神さまに出会ったように心が震えてしまう状態に。今のところこの町ではそんな人はほとんどいないのですが、、、。

さてさて、引っ越しの件。そうなんですよ。田舎暮らしね。あれから自分の中でもっとシュミレーションしてみて、この部屋はどんな部屋にしようかな、電車賃を調べなきゃ、田舎の町だからご近所の人と仲良くなれそうだななんて妄想をかなり膨らませていた僕。ユリ君が帰ってきて、”金曜日の僕の予定を聞いてたけど、その日にアパートを見に行くの?”ってきいたら、オーナーがいつが凝れるかと聞いたので行けそうな時間帯を教えただけどまだいつかは決まっていないよとの返答が。

その後ユリ君に僕が今日調べたことや、妄想の数々をしゃべっていると、”まだ、ここに住むことになったわけじゃないから、あまり色々な事を考えないほうがいいよ。だって、住めなくなたtらガッカリするでしょ?”と。ユリ君もどうやらミニと同じタイプの様で、現実的。すべてが決まってからじゃないとその生活も考えないし、想像もしないよう。ただ、インターネットのスピードは気になるようで調べてはいました。

そのスピードがあまり早くないとわかり、僕が”じゃ、このアパートが物凄く気に入ったら、そのスピードも受け入れることにして、まあまあだったらなしにしようね。”と言うと。”もう、アパートの事はしばらくの間、忘れなさい。”とお叱りの言葉。

だけど、そう言われても頭の中の妄想は止まらないんですよね。今朝の朝もユリ君が新たなアパートの物件2件のウェブリンクを送ってくれて、その2件に住んだ時の妄想が朝から止まらなくて、困ってしまいます。もちろん、紺妄想は自分の頭の中だけに抑えておくようにしようと思います。

さて、準備体操でもして走りに行ってくるかな。

 

引っ越しをするのか、、、

最近は7時半に東の空がうっすらと黄色を帯びて朝を迎えるここドイツの北西部。その後だんだんと様々な色が空のキャンパスに散りばめられていく様は、ため息ものです。昨日の快晴の天気は夜も続いたようで朝は気温がかなり下がって氷点下以下、しかも風が冷たいので予報では体感温度はマイナス7度だそう。もちろん、アメリカの東海岸の襲っている寒波に比べれば何ともないのでしょうが、この地域はあまりマイナスにはなることはないので家の中で温かくして過ごしています。

さてさて、引っ越しの話。

覚えている人はいるでしょうか?僕がドイツに引っ越してきた昨年の夏、10箱の段ボールに全てを入れてきたのですがまだ開封していないという話を。これはユリ君がもっと職場に近いアパートに引っ越したいからと言う話をしていたので、”また引越しをするなら。”と開けずにいたんですよね。もちろん今もそのまま。

これはあくまでユリ君曰くなんですが、”ドイツの田舎の町は外国人に厳しい。と言っていて、もちろん普段生活する分には差別されているような事もないんですけど、家を借りるとなるとどうやら違うようで。ユリ君が引っ越したいのは今住んでいるところよりももっと田舎になって、今住んでいるところが人口5万人で次に行きたいところが人口がその半分の2万5千人。平成の大合併で阿蘇市になった僕の地元と変わらない大きさなんです、偶然に。

去年の夏から色々なアパートの情報を入れてはいるのですが、何かとこだわりの強いユリ君の目にかなう物件はなかなかなく、その中でも数件ほど気に入ったのがあって不動産屋に連絡をしたのですが、、、。見学に行くだけでも、”誰が住む予定で、どれくらいの収入があるのか。”を提示しなければならず、それを出すも何の返事もなし。けど物件はまだネットに残っている。ユリ君は家賃を滞ることもないし、稼ぎも問題なくある。それなのに見学にも行けないし、連絡もない、、、。これは、Takが問題なんだ!外国人だからだ!!とユリ君が結論に至ったわけです。

僕も最初は大げさな、、、って思ったけど確かに2回も続くとね。”僕に問題が、、、。”と思っているわけで。最近は、”引っ越しはかなり先の話だな。”とこのような状況を見て思っていたのですが。

もしかしたら急展開が、、、。

ユリ君にまず、不動産のサイトからおすすめの物件が送られてきてそこからユリ君が気に入ったものがあったら僕に見せてくれると言うシステムなんですが。木曜日にユリ君が、”いいアパートがあるよ。”と見せてきて、確かに広々としてるし、庭はあるしで穏やかな生活が送れそうなところ。1階で庭の向こう側にはどこまでも続く牧草地。”ただね。駅から遠いかも。”と言うので詳しく聞いてみると8.5km。遠い。スーパーは2km先にはあるとの事。なるほど、地図も見て納得。あんなにどこまでも牧草地だったのはその探していた人口2万5千人の街の隣の町のその隣の集落。

学校が始まると、電車通い。往復で17km。自転車で駅まで行こうかな、、、。けど、遠い。と考えながらも、”ま、また見学にでも誘ってもらえないかもしれないし。”と思っていいね、だけど遠いね。と話して終わっていたんです。

ユリ君そのあと連絡を取っていたらしく、先ほどメッセージが来て、”見学できることになったよ!!”との喜びの言葉が。

それから僕はアパートの写真を再度見直して、行くべき通学路を確認したりと自分の中でどのような決断を出そうか考えているところです。

けど住むところって大事ですよね。確かに通学するのは大変だけれども1学期は5週間で、ここに引っ越せるのは4月から。そうなると日もながいし、自転車をこいで運動不足解消がてらに毎日17kmっていうのもありかもなって思っているところです。けどまずは、見学に行って僕がどれだけそこの場所を気に入るかが第一ですけれど。

2018年はかなりの変化にとんだ一年になりそうです。

まだ見ぬ景色を夢みて

天気と言うのは移動性があるもので、ここは晴れてもほかの場所は雨と言う事が頭でわかってはいるのです、、、。ユリ君からさっきメッセージが入って、”こっちは大雨で大変です。”との文面が。今僕の見える窓の外の景色は風も穏やかで、薄い青空と太陽の広っぽい黄色の光が見えるだけ。

ユリ君の職場はここから車で30分しか違わないというのに、見ている景色は全く違う物なんですね。世界と言うのは不思議なものです。こんなことだから戦争や差別も起こってしまうのだろうなってふと考えたりしてしまって、、、。その思考を一時ストップ。最近頭が働きすぎているのか、イマジネーションが強すぎるのか、寝つきがよくないんですよね。今日の朝も不穏な雰囲気の夢から目覚めて時計を見ると、起きる10分前。目覚めることにホッとするって良くないですよね。

昨日、日本のカレーを作ったことが原因かもしれないなー。ドイツの田舎の町では日本のカレーのルーなんて売っていないのでこの前に帰国したときに10箱まとめて買ってきたんですよね。人は粉につき2回分だから、日本に行ったときにカレー好きになったユリ君と、このカレーを毎月一回食べて全部なくなったら次に日本に行く時だねって。

そんなカレーを作りながら、何となく日本の家族の事を思い出して少しだけしんみりしてきました。あのカレーの匂いが僕の学生時代を思い出させて、色々な事があったなって思い出してきちゃって。あまり学生生活を楽しんだとは言えないけれど、それでもその周りには家族がいて、温かな夕食があったんだなって。

今はそこから遠く離れて、”大人”ぶって生きている自分がいて、一体あの頃から何の成長が出来ているんだろうって考えてしまう。皆さんどうなんでしょうね?年齢はどんどんと重ねているんだけれど、心の奥底にしまったままの子供の自分がいたりしません?そんな子供が最近僕の中で波風を立てているような気がします。

これに蓋をするべきなのか、真摯に向き合うのか、その決断を決めかねています。

さてちょっと暗い書き出しになってしまいましたが、クリスマスに戻りますね。クリスマスと言えば、プレゼントですよね。12月25日は僕たちの記念日でもあるので、ダブルでプレゼントとなっている僕たちなのですが、、、。

今回はコンセプトをもってユリ君へのプレゼントを選びました。

僕たちはハイキングが好きだし、旅をすることが好きなんですよね。特に観光地に幾でなくて、どちらかと言うと自然の中に飛び込んでいくそんな旅が多いんです。そこで、こんなプレゼントを。

 

これから先の数年間に行くであろう国々のアートポスター。これ全て同じアーティストの作品なのですが、そのポップさと静けさが気に入りました。白い額に入れたらぴったり。

あと、これ。ユリ君は何かあると昔のロスからサンフランシスコへの車の旅をするのと、このお洒落な構図でLAを表すデザイン性に僕が一目ぼれして、90cm*60cmの大型版でこちらはスリックにシルバーの細めのフレームをチョイス。

 

あとは、”もっとこれから先もユリ君と一緒に色々な風景を見に行こうね、”と意味を込めて、”死ぬまでに行くべき1001の世界のハイキングルート”という本を送りました。素敵な写真がいっぱいだし、それぞれのルートの項目にウェブアドレスがあって、それを見るとちゃんとその地図もグーグルマップに出てくるんです。ただ、1001と言う数を上手く理解できてなかったようで、この本なんと2kgも、、、。かなり重い、、、。

 

これからも僕たちがまだ見たことない景色を二人で見に行けたらなって思います。

ドイツ流、真冬の散歩

昨日の嵐は夜まで続いていて、西側にある僕たちの寝室の窓に風に吹かれた雨が強く叩いていました。今日も風はまだあるものの、少しは落ち着いていてこれから静かになってくるのかなと思える空模様です。

日本はどうでしょうか?今日が4日だから仕事始めの人も多いのではないでしょうか?長めの休みの後の仕事って気分が乗らないですよね。皆さんの一日がよいものでありますように。

さて、クリスマスの25日。ドイツでは何もこの日はしないんですよね。朝に今度はユリ君の両親がユリ君のお兄ちゃんを施設に送ってその後、昼食。ユリ君のお母さんの提案で北海に行くことに。

そうなんです。風が物凄く吹く、嵐の余韻の中散歩に行くんです。日本ではあんまりしないですよね、寒い中の散歩は。ドイツなどではどうやらユリ君の友達の話などをまとめると、冬にでも風吹く海岸沿いを歩くというのは普通の様。

車で40分ほど走って北海に着いたのですが、確かに歩いている人が少なからずいました。ただ、みんなかなりの防寒をしているんですよね。厚手のジャケット、耳当てかニット帽、マフラーに手袋。僕もちゃんと真似をして着こみましたよ。そうすると確かに風の強さは体に感じますが寒さは不思議と感じないんですよね。足元は群れてもいいようにハイキングブーツ。

ね。家族みんなしっかりと防寒しているでしょ? この時は引き潮だったのかかなり遠くに水があり、海と言う感じがしませんでした。

1時間ほど歩いて散歩も終了。そんな帰るときになってたくさんの鳥たちが空を渡っていく姿を目にできました。

黒いこの点の帯が上に上がったり下がったりと動くアート作品の様。数分ほどみんなで立ち止まってこの自然芸術を楽しみました。

皆さんもどうですか、しっかりと着こんで冬の散歩に出かけてみませんか?

クリスマスが過ぎて、振り返ると17年は後ろに

あけましておめでとうございます。2018年ですね。2日のドイツは快晴で青空眩しく、温度もそこまで低くなくて素敵な1日を過ごしています。旧年中は、お世話になりました。今年も僕の人生で色々な事が起りそうなので、時間のある限りみなさんに僕の生活の一部や、思考の一部をこのブログを通して共有できればなと思っています。

皆さんのクリスマス、年明けはどうでしたか?素敵な時間を過ごせたことと思います。と言いながら、日本はまだ正月三が日の真っただ中なので、お正月ムードですよね。イギリスと同じく、ドイツも元旦こそは祝日ですが、2日目はもう仕事始め。ユリ君もいつものように朝6時に起きて仕事へと出かけて行きました。

僕たちはこのアパートに昨日帰ってきました。

ユリ君の両親の家に向かったのが12月23日。そこから30日まで、ユリ君の両親と過ごして30日から元旦まではどいちゅの中西部に住むユリ君の友達の家に。なので、帰ってきた瞬間正直ほっとしました。そこには僕の好きなお茶の銘柄があって、使い慣れた浴室があって、ユリ君と一緒に眠れる大きなベッドがある。

ユリ君の家族や友達と過ごすのも楽しかったのですが、やっぱり自分の住んでいるところが一番心落ち着きますよね。そのせいか、昨夜はぐっすりと眠れました。

ユリ君に元旦に見る夢は初夢っていうんだよ。どんな夢だったか覚えておくようにね、っていいながら今朝自分が起きてみるとその夢が物凄くぼんやりで、、、。けど、悪夢でなかったのは確かだったのでちょっと一安心。

クリスマスから元旦まで出かけている間に、素敵な写真も撮ることができましたよ。

 

素敵でしょ。これ、Ostseeってドイツでは呼ばれているんですが、東海って直訳にはなりますよね。北海はなじみがあるけど、東海って、、、。日本の地域とおんなじだし、、、。日本語ではバルト海と呼ばれているところです。

海と呼ぶよりも大きな湖と言った感じで、その穏やかさと夕暮れの色が印象的でした。ここをユリ君の両親と4人で散歩したのですが、この光景に僕のイマジネーションはかなり膨らんで歩きながら自分の中で浮かんでくるストーリーを楽しんでいました。

電車や車での旅でもそうなのですが、目に見えてくる景色に物語や、そこにあるであろう人や物事を想像するのが楽しくて車窓や景色を飽きることなく楽しむクセが僕にはあります。そんな時はあまりにもその物語にいてかなり無口なんですけど。ドイツの家族は基本的に積極的に僕に気を使ったりする感じではないので、ありがたい。3人で歩く家族の少し後ろを時に写真を撮りながら、空想の世界を楽しみました。

そんなクリスマスと、年明けの話はまた今度。

今年はどんな年になるのかな。今から楽しみです。

クリスマスの買い物は難しい

今日も霧。朝起きたときにはあまりなかったのですが、気が付いたら真っ白な世界。今年のクリスマスは雪は望めそうにないけど、霧のホワイトクリスマスにはなるかもしれませんね。

そういえば、今日は冬至なんですよね。日本だったら南瓜だったり、柚子をお風呂に入れたりと行事がありますがヨーロッパはクリスマスの前と言う事もあってか、何もないように思います。けど、冬至が今日と言う事は明日からはまた昼の時間が夏至まではどんどんと長くなっていくという事ですよね。その考えがもう、薄暗く寒いドイツ北西部では希望の光の様に感じられます。

クリスマスのショッピングは、ほとんどしなくてよかったので。イギリスの家族はみんなにプレゼントを買うというパターンで、ミニのお父さん、義理のお母さん、義理の妹、本当の妹、その妹の子供3人、本当の妹のご主人とかなりの数のプレゼントとお金が。

ユリ君の家は兄弟だけで6人!!って思ってかなり構えていたのですが、兄弟が多いからなのか、これがドイツ流なのかは分かりませんが兄弟でプレゼント交換はないとの事。お父さん、お母さんに兄弟からひとつずつプレゼントをあげるシステム。その中に僕や、ユリ君の兄弟のパートナーは頭数として入れられていないので基本的に僕はユリ君にプレゼントをあげるのみ。ただ、いつもお世話になっているユリ君のお父さんとお母さんに気持ちで、日本の一輪挿しの素敵な陶器があったので、それをあげることにしています。

ユリ君との付き合い始めた日が12月25日なので、何かとそのプレゼントも探さなきゃいけないのは難しいのですが、どうにか見つかりました。ラッピングも終えて、あとはカードを書くのみ。喜んでくれたらいいんだけど、どうだろう。

プレゼントって人によっては選ぶのが難しくないですか?ユリ君はいつも、”お母さんのプレゼントは本当に見つけるのが難しい。”って言っていて、確かにそうかもとは思うんですけど。ユリ君のお母さんは好き嫌いがはっきりとしていて嫌いなものは嫌いとはっきりと言うタイプなので。これまでも返品になったプレゼントが多数あるそうで、そんな今年のプレゼントは料理好きのお母さんに日本の包丁をユリ君が兄弟に相談して日本を旅した時に買ってきました。どうなるかは、クリスマスの後にお伝えします。

ユリ君へのプレゼントも難しいんですよね。洋服には無頓着、音楽や映画はネットで購入するし、好きなハイキングとかのグッズはすべてそろっている、、、。今回も頭を悩ませましたが、そのものから喚起される幸せをイメージとして買いました。物と言うよりはコンセプト重視。気に入ってもらえると嬉しいのですが。

ミニにはこの前に帰った時にクリスマスプレゼントを渡してきました。ドイツと言えばクリスマスマーケット。木でできたクリスマスツリーでも送ろうと思ったら、ものすごく高価なんですね。高さ7cmぐらいしかないのに日本円で4500円ほど。けど、こんな小さいとね。

うろうろと探して、一目で気に入ったものがありました。かわいい!値段は、、、、。これくらいの大きさで、この値段なら許せるかもというお値段。それがこれ。

このパイプをくわえた木のサンタクロース。表情もいいし、子供じみてないしでこれに決定。近くにショップの人がいて、”これなんだか知っていますか?”って聞かれて置物ではないんですかと聞くと、”それだけではないんです。”との答えが。

実はサンタさんの上半身が開いて中には小さなお香を焚けるスペースが。そして、このポッカリ空いた口からお香の煙が出てきて、まるでサンタがたばこを吸っているかのように見えるという優れもの。その遊び心がいいですよね。

ミニの家で渡した後に試しにお香を付けてみたら、かわいく煙をはき出していました。

皆さんはクリスマスの買い物終わりましたか?

喜界島を思う 歴史、人、言葉

昨日は金曜日だったのですが、残業が最近多かったらしいユリ君はお休みに。ドイツの働くシステムって良く出来てるなって、こんなところで思います。ユリ君の会社では基本労働時間は、1日8時間の週5回。ただ、何かがあって残業をしなければいけなかったりすると8時間以上働いた時間を残業手当でもらうか、その時間をためてほかの日をお休みにできる。素敵ですよね。

ドイツやイギリスをはじめ、休暇というものがちゃんと取れるという事は本当に大事なことだなって思います。残念ながら日本はそのようなところが遅れていますよね。僕の父もかなりの有給が余っているようだし、有給があるのに冠婚葬祭や、何かの特別な時にしか使えないというのはヨーロッパに住む身からすると驚き以外の何物でもないので。この有給って、国によって会社によって日数も違うのですが今ユリ君は30日。つまり、6週間分のお休みですね、

今回の旅ではユリ君は日本で2週間、その後帰ってからの数日を時差ぼけなどを仕事に復帰するまでになくすのに取りました。

長い休暇の後って仕事に戻るのが億劫ですよね。毎週の日曜日の夜にこんな気分になりませんか?”あーまた、仕事/学校だな。”って。なので、帰って来てからユリ君に聞いてみたんですよね、休暇の後に仕事に戻るのたいへんじゃなかった ?って。するとこんな返事が、”この3週間近く、仕事のことを一切考えずに過ごせたよ。また、新たな気持ちで仕事が出来てストレスもなくて、いいよ。”だって。

確かに、毎日同じように仕事をして、同じルーティーンで1年間を30年も40年もつづけるのって精神的にも肉体的にも大変なことですもんね。けど、そこに休暇とという物があれば、年に1ヶ月半は仕事を全くしない時期がある。そうするとちょうど仕事の中休みになってまた新たな気持ちで仕事を始められる。この息抜き間って大事だなって思います。

そんなユリ君は今はもう、次のホリデーを何にするか考え中。なんでも、新車のキャンピングカーを北アメリカ大陸横断を考えているようです。次の休暇を考えて、それまで頑張って仕事をするというのもまた、ありな考え方ですよね。

さて、話を日本での休暇に戻しますね。

奄美群島の中にある喜界島でのお話をもう少し。

この島は昔は中国の影響をも受け、第二次世界大戦後は一時は日本を離れてアメリカの管轄になったこともある島なんですね。太平洋戦争の時は、鹿児島から飛んできた特攻隊の人々が燃料の補給に止まったのもここ。喜界島。そしてここからアメリカの艦隊に突撃していった土地。そんな若き特攻隊の隊員が出ていく前に、島の女性たちが最後に花束を渡していたそうで。けど、どこへも持っていく場所のない特攻兵たちはその花を喜界島に置いて旅立っていき、その真っ赤な花が戦後70年以上経っても、彼らが最後に旅立った飛行場の周りには咲き乱れているそうなのです。そして、島の人たちはその花を特攻花と呼んでいます。

そんな歴史を持つからなのでしょうか、一昔前によくテレビに出ていた霊能力者の冝保愛子さん。彼女が一度、この島を訪れたことがあったらしいんです。その時に飛行機で来たらしいのですが、タラップから降りようとしない彼女。どうやらそこに無数の霊がいて、怖くて降りたくないといったのだとか、それでそのまま島に降りることなく帰ってしまったんだよと、笑いながら話すクレちゃん。”っそんな島に住んで生活してる私たちってね。どんだけ霊感がないんだろうね。”と明るい返し。けど、これがこの島で生きる人たちの性格だなとも思います。会う人会う人、笑顔で、話が面白くて、明るい。そして、外から来る人をものすごく優しくもてなしてくれる人情。

今回はもともと、クレちゃんのおばあちゃんの家に泊まる予定だったんですよね。広い家だし、部屋もあるから大丈夫だよって事で。それでそのつもりでいたら、島に行くフェリーの中で、”おばあちゃんの家でなく、ログハウスを借りました。’とのメッセージがクレちゃんから。あとで話を聞いてみると僕とユリ君が泊るという事を聞いて、”いいよ。いいよ。”と言っていたおばあちゃん。ただ、僕たち2人の事を女の子2人組だと思っていたそうで、見ず知らずの男性2人が泊っていたら、私は恥ずかしがり屋だし、夜眠れないかもしれないと心配になったそう。それで急遽、こんな素敵なログハウスにユリ君と2人で泊まることに。

かなり大きなログハウスで、6-8人は泊まれる大きさです。バルコニーはあるし、裏にはデッキングもあって島での穏やかな生活を送るにはいい場所だと。

そんな恥ずかしがり屋なおばあちゃん。驚いたのがおばあちゃんの話す言葉。クレちゃんのお父さんとおばあちゃんの会話を聞いて、何かを理解しようとするんですが一言だって何を言っているのかわからないんですよね。本当に。だって、東北弁とかって確かに理解するのが難しいけど、これって日本語だなって思えるでしょ、喜界島の言葉は、日本語ではないイントネーションで、しかも一つも聞き取れないんです、驚いたことに。まるで小鳥がさえずるような音程を持っているんです。しかもおばあちゃんが恥ずかしがり屋さんで僕たちには直接的に話してくることは少ないので、僕の中でおばあちゃんは日本語を話さないようなイメージがあって、突然に”ありがとうね。また来てね。”と言われて、”そっか、おばあちゃん日本語喋るんだよね。”っと思ったほど。もちろんおばあちゃんは僕が何をしゃべっているかはすべてわかるわけで、、、、。

そんなおばあちゃんの一番のお気に入りはユリ君だったように思います。

近くの島料理を出してくれるレストランにクレちゃん家族全員と夕飯を食べに行ったとき、いつもは夜8時には寝るというおばあちゃん。飲んで、食べて、しゃべってとしているといつの間にかに8時半過ぎ。ユリ君とおばあちゃんは似ていて、自分のペースでご飯を食べ、そんなにしゃべるわけでもなく、宴会の雰囲気に身を任せているといった感じ。なので、お父さんが気を利かせて、”そろそろ、おばあちゃんは先に帰ろうか。”と提案したところ、”いやいや、まだいたい。”と笑顔で返答が。そして、何かあるたびにテーブルの向かい側に座るユリ君に食べ物を勧めるおばあちゃん。今年87歳という年齢に見えない若々しさと、健康を備えていた素敵な女性でした。

そしてもう一つ島の言葉について驚いたことが。この前書いたようにこの島は車で走れば40分ぐらいで1周出来てしまう所なんですよね。その島で、実は言葉が違うらしいんです。おばあちゃんの住むのはこの島の一番栄えている、湾という地区。お父さんとおばあちゃんは島言葉をしゃべっているのですが、お父さん曰く、隣の地区のおばあちゃんぐらいの人たちが喋る島言葉は何を言っているのかわからないのだとか。その地区との差は距離にすれば数キロ。けど、もう言葉が違う。面白いですよね。興味深い島だとおもいませんか?

そんな喜界島。今、観光に力を入れているですが、クレちゃんいわく観光施設がそんなにないのが問題なんだとか。確かにガジュマルの木や、島で一番高い見晴らし台の百之台、ハワイビーチ、などあるのですが、確かに地味な感じの場所が多いんですよね。だけど、それがこの島の魅力だなとも思うので、あまりリゾート施設は作ってほしくないかも。島の生活に数日間、溶け込んでいくようなスタイルこそがこの喜界島にあった観光なのかと僕的には思うのですが。

この写真は百之台からの景色。吹き上げる風を使ってカラスがうまく飛んでいるさまが美しくて見入ってしまいました。

喜界島の温かさにふれて、この島の面白さを感じ、喜界島が僕の中で第2の日本での故郷に感じました。また、次回での日本帰国の際には遊びに行かないとな。

ユリ君の崖落としを受けて立つ

月曜日の正午をまわったドイツは、すっきりと晴れ上がって週末のぐずついた天気が嘘のよう。こんな日は肺が痛くなるくらいに思いっきり空気を吸い込みたくなります。

さて、ユリ君に週末、崖から突き落とされました。

って書くと、今入院でもして足にギブスでも履いて頑張ってこのブログを書いているんではないか、ユリ君とはなんと家庭内暴力をふる奴だったのかって思われそうですが、これはあくまでも比喩的な意味で。ほら、ライオンの親が子育ての一環で我が子を谷底に落としてそこから這い上がってくる子供だけを育てるって話があるでしょ?大自然で生き残るにはそれぐらいの力がないと駄目だということらしいのですが。もちろん、これは僕が聞いた話で実際にライオンがそうしているのかはわからないんですが、ユリ君も僕のためを思ってか、谷底に僕を落としにかかってきたんです。

とはいえ、見渡す限り平らなこのドイツ北西部に落とされそうな谷もないですし、大自然にも住んでいないのでフィジカルに落とされたわけではないんですけどね。”ドイツで生活したければ、生き抜け!!”と言うドイツの中でのサバイバル術ですね。

事の始まりは土曜日の午後。”日本の旅行も終わって帰って来たんだし、学校に通ってドイツ語を勉強しなきゃね。”との話が。今までは自分で本やアプリを活用して自主学習をしていたんですよね。一ヶ月の日本帰国が終わったら学校には行こうと思っていたので、その案に賛成する僕。

ウェブで調べると、どうやら2つの学校がこの町にありそうという事がわかり、”ここのどちらかがいいと思うよ。けど、いつ入れるか、どのレベルかなんかの情報は詳しく載ってないから、聞かないとね。”とのユリ君。それをうんうんと聞いている僕。そして次の瞬間、”月曜日に行ってきて情報を集めてきたら。”

ユリ君の懐でぬくぬくとしていた僕は突然、襟をつかまれ奈落の底に落とされたのでした。

え!!ドイツ語が出来なくてドイツ語を習いたいのに、その情報を聞きにドイツ語で喋らなくてはいけないとな、、、、。真っ白になる頭、そしてすぐに”何かい良い言い訳は、、、、”って探している自分。”けどさ、それって、、、、。むずかしいよね、、、。”っていう言葉が出てきそうになるのを飲みこむ僕。

難しい難しいって言ってユリ君に甘えていても仕方ないし、もしユリ君がいなかったら自分でしなくてはいけないことだし。行きたくないけど、ここは自らも谷に落ちていこうと決心し、この谷に前傾の素敵な飛込姿勢で落ちていくことにしました。

この2か所の学校、地域の学校のようなところなんですよね。ドイツ語だけを教えているのではなくて、英語やスペイン語とかの言語コースもあれば、ダンスや写真、ヨガなどのコースもあるようで。という事は大きな受付があってそこで僕がドイツ語を習いたいことを伝えて、その事務局みたいなところで行ければどうにかなるかもと思ったのが僕の考え。

皆さんもご存知の通り、僕のドイツ語なんて本当に初歩的レベルなんですよね。スーパーのお肉のカウンターで豚のミンチ肉300g欲しいという文章を道すがら繰り返し暗唱して、豚肉を買う。そんなレベルなんです。挨拶や、自分のしたいことは少しは言えるのですが、今回のタスクの大きなところは質問をするので、その答えをも理解しないといけないという所。これが難しい。

嫌な事や、したくないことって後回しにしたくなりません?ま、今は忙しいから明日かな。なんてことになってギリギリになるまで待ったりして。けど、その間も”しなきゃいけないんだよねー。”って思ってしまうので憂鬱な気分がまとわりついたりして。あれが最近どうも苦手で、、、。それならば先手必勝との事で、学校の開く朝の8時に出かけてきました。

最初の学校は家から歩いて10分ほどのところにあり、着いてみると大きな建物。どうだろう5階建てなのかな、、、、。回転扉を押して入って、いざ案内所へ!!と意気込んで入ったのですが、、、、。そこはがらんとしたスペースのみ。案内所や受付的なところは見当たらず。けど、人の出入りはあって階段を上っていく人だったり、ベンチに座っている人だったりがいるので閉まっているわけではなさそう。”困った、、、。想像と違う、、、。けど、このまま何も手に入れずに帰っても、意味ないし、、、。”

とりあえず階段を上ることに。各階には色々な部屋があって、だけどそれが何なのかがわからない。ほとんどが教室の様で、ところどころに事務所をあらわす文字が。けど、どの事務所なのか、、、。4階まで上って色々な部屋をのぞき見したけれどもそれらしきものが見つからず、2階にあった1つの事務所のドアを叩くことに。なぜここにしたかと言うと、ここが階段を上って最初にある事務所だったから。、迷った人は多分ここをノックして来るだろうから、間違っても親切に教えてくれるんじゃないか。という単純な理由なんです。

ノックをしてはいると小ぎれいなオフィスに、中年の女性が一人。

”おはようございます。ドイツ語を習いたいんですけど。情報を手に入れたいんですが。”とつたないドイツ語で話す僕。”あー。そうなのね。assbajckjbrkbkackakkrjfkvnsdn kcfknnflnrknl隣の部屋にsalnerlnfrn gkrjngnrgnltrtkelm;mfg[rk”僕の理解できるドイツ語と彼女のジェスチャーで理解したのは隣の部屋の人が助けてくれるかも。との事。”一緒に行ってきいてみてあげるわ。”と言われたのは良かったのですが、その後この人が怒涛の如ドイツ語を語りかけてきて本当にお手上げ状態。そんな何も理解していない僕に嫌な顔することなく、隣の部屋に移動して状況を説明してくれるこの女性。ありがたい。

隣の部屋は個室になっていて奥の方にこれまた女性が。先ほどの女性が僕がどんな用件で来たのかを告げ、部屋に入るように言われました。

”僕ドイツ語を習いたいんです。どんなコースがありますか?情報を教えてください。”と言ったら、チャート表や紙を見せてくれてドイツ語での説明が始まりました。彼女もゆっくりと話しいてくれるので、”どのくらいドイツに住んでるの?’とか、”何の仕事をしているの?”などは解り、自分の持っているボキャブラリーと身振り手振りを駆使して返答。

彼女の説明によればコースは6コース。これは最初に試験を受けてどのレベルかによって決められるということ。1つのコースは100時間で月曜から金曜日までの午前中に授業があるとのだそう。

そこまではどうにか僕のドイツ語もついていけたのですが、、、、。その後彼女が何を言っているのかがわからない。2回聞いてもわからないから。。。。。

”僕、理解できないんですけど、、、。”と言うと、”なら、英語を喋れる?”と聞かれ。

”はい!!喋れます!!”と即答する僕。この時の僕はこの日1番の目の輝きだったんじゃないかな。

その後は英語ですべてを説明してもらって一件落着。最後には、”ドイツに住んで3か月しかいない割には、頑張って喋ってるね。パートナーがドイツ人ならすぐに伸びるよ。”とのアドバイスももらって天にも上る気持ちに。本当に他人の優しさって心に響きますよね。

もう1つの学校にそのあと行くと、また受付がない、、、、。ここは小さな建物で1階を見まわすと授業があってる教室と、電気がついていないオフィスが、、、。けどそれだけ。”困ったな。”と思っていると階段が。そこに張り紙があって、”レセプション”の文字が。行くだけ行くかと思って上がるとそこには2人の女性が。

”ドイツ語を勉強したいんですけど。質問していいですか?”と聞くと、担当者が今いなくて彼は午後の2時には来るよ。との事。これももし、僕の理解が正しかったらなんですけどね。なので、今はいったん家に帰って第2弾の出陣に備えているところなんです。今、午後の1時15分。あともう少ししたら出発します。

自分でもよく頑張ってるなって思うんですけど、これってあまりにもドイツ語が喋れないから出来るんだなとも思います。中途半端にドイツ語が出来たら、”がんばってちゃんと話さなきゃ。”って気持ちが募りすぎてしまうけど、こんなにもしゃべれないと、身振りと手振り、最後は絵でもかけば通じるんじゃないかな。思えるから。だから、ある程度の開き直りが言語習得には必要なのかもしれませんね。

けどやっぱり、教科書で勉強をしているよりかは、必要時に頑張ってドイツ語の文章を絞り出したり、聞いて理解しようとするほうが勉強になるんだなって思いました。さて、第2弾の谷底へと落ちてきたいと思います。頑張ろっと。

 

 

 

旅の目的の一つは、これ!

今日見える窓からの景色は雨粒で邪魔されてかすんで見えます。風を伴った強い雨だったのか、朝起きると窓は雨粒だらけ。その向こう側ではすべてのものが薄いグレーのベールをかぶって平面の単色的な景色に。これがヨーロッパの秋と言ってしまえば、そうなんですけど。秋風がしみます。

そんな秋の深まりを感じるドイツ、夕飯の献立も温かなものが多くなりました。一昨日は白菜と牛肉のトマトの煮込み、昨日は野菜たっぷりのチキンドリア。ドリアにはキノコと、玉ねぎのほかにみじん切りにしたカリフラワーを入れることに。ユリ君、どうやらブロッコリーやカリフラワーがそんなに好きではないようで、これならばれないだろうと思って入れてみました。まるで好き嫌いな子供を騙すかのように。

少し風邪気味のユリ君、なのでカリフラワーってビタミンCが豊富なのでうってつけだなって思ったんです。今調べてみたら、がん予防、老化防止に加えて。カリウムが多いので高血圧にもよいのだとか。ドイツに引っ越してきてから野菜の摂取量が増えたのは本当に良いことだなって、実感してます。

食事と言えば、最近は家族や日本で泊めてもらう人たちからメールがよく来るんです。内容は、”ユリ君は何が好き?何が嫌い?和食は食べれる?”と言ったもの。本当に気を使ってもらってありがたい。他視界に海外からお客さんが来ると何を作るか迷いますよね。特に欧米はベジタリアンとかビーガンが多かったりするので、、、。ユリ君は基本的に出されたものはちゃんと食べるので、”なんでも大丈夫。”と変身をするようにしています。ただ、生魚はまだ挑戦したことがないのでちょっと無理かもとは伝えてるのですが。

日本特有の食べ物ってありますよね。もちろん、寿司とかわさびに醤油とかは世界の大きな都市ではどこでも買えるようになってきましたが、梅干しとか、塩辛とかはね、あまり普及してないですよね。これをユリ君は食べるのかなって最近考えてます。”どこまで冒険家なのか?”と。

ドイツ人は基本的には食べ物に対して冒険をしないらしいんですよね。知っているものを食べる、みたいな。なので、ユリ君のお父さんもお母さんも寿司は食べないって決めてるようですし、生魚って聞くと顔をしかめるくらいに。その息子であるユリ君、頑張れるのかな?一泊はこれぞ日本の旅館と言う所に泊まるり、夕飯もついてくるので、ここでユリ君の冒険性が試されるのかと。中身についてすべてはわからないのですが、ノドグロとカニが出てくるんですよね。多分生ではないので大丈夫でしょうが、海の近くなのでお刺身も出るのかなって。

ミニ1年間だけ日本に住んでいて、それが物凄く田舎の町だったので日本語も上手に駆使出来たんですよね。なので、自分が苦手なものを勧められるとかわいらしい笑顔で、”じゃ、今度食べます。”っていって上手くかわしていたんですよね。

僕は出されるものを何でも食べるし、一応チャレンジしてその後もっと食べるか食べないかを決める雑食タイプなので、今回の旅が楽しみ。特に奄美群島の喜界島。友達の家に泊めてもらうのですが、友達のお母さんがご飯を作ってくれるらしくて、もう今から何が食べれるか気になります。調べてみると鶏飯{けいはん}やヤギなど。本土とは違った食文化が楽しめそうです。