音楽とあの時

木曜日は僕の中でアパートの大掃除の日と決めているんですよね。床を履いて、モップ掛けをして、台所周りの汚れをきれいに取ったり。お風呂場やトイレの掃除もこの日に全部します。無音の中で作業をするのも寂しいので音楽を聴きながらすることが多いんですが、今日は何がいいかなって考えて朝を始めた時に、ちょっと寒いなって感じていたんですね。で、寒い、さむいって思ってたらいつの間にかにtrfの寒い夜だからが流れてて。おー、懐かしい歌が頭によみがえってきたなと思いパソコンの中にあったtrfのベスト盤で自分の好きな曲だけを集めてプレイリストを作って完了。

掃除をしながら流れてくるtrf。音楽って不思議なもので、聞いていた時のそのころの自分が出てくると思いません。なんていうんだろう、曲を聴いている時にふと今まで思い出しもしなかった思い出が突然に、そしてほんの一瞬だけ自分の頭の中をかすめていく感じ。

survival dance でtrfを初めて知って、その時に僕にこのグループを教えてくれた同級生の顔とか、Boy meets Girlではコカ・コーラのCM、 Love and Peace Forever では家族4人ででかけた山への日帰り旅行の時にラジオから流れていたなって。本当に断片的だけど鮮やかに蘇るその記憶が懐かしくて。

皆さんにも心当たりがあるんじゃないかな?音楽って自分をその時よく聞いていた時代へとタイムスリップしてくれる要素が高いと思うんですよね。

アメリカ時代だと、語学学校にいた時は友達が聞いていた原田知世のCDとか、ドリカムの歌、倉木麻衣のセカンドアルバムは語学学校と大学に行く間に滞在したバレホという小さな町での思い出がよみがえるし、サンフランシスコでの大学の通学時には浜崎あゆみのI amというアルバムをよく聞いてたなーって。

イギリスに来てからはどうだろう。ミニとよく聞いたアブリル・ラビーンのガールフレンドを収めたアルバムかな?

じゃ、ドイツでは、、、。うーん。ユリ君が聞いてるドイツのアーティストかな。

多分ドイツとイギリスは僕の中で思い出としてしっかりとした定着をしていなくて今も現在進行形で進んでいる感じがあるのではっきりと断言できないのかな。もちろん、この曲聞くとあの当時を思い出すっていうのはあるけど、その時を象徴するとまでいかない感じ。

よくある質問で、無人島ですきなCDを一つだけ持っていけるとしたら何をもっていく?っていうのがあるけど、どうです?何をもっていきます?

僕はね、うーん。何枚か候補が。中谷美紀のabsolute value,My little loverのre evergreenかElle GouldingのBright Lightの特別版かな?

音楽って本当に日常生活から切り離せないものですよね。

今日の宿題はドイツ音楽

また新しい週が始まりましたね。月曜日どうでしたか?素敵な週の始まりとなったのでしょうか?

ドイツはまだ暑い日が続いています。僕の住んでいる町はドイツのほかの町よりも海風が強いためか、2-3度低めなんですよね。それでも今日は29度とドイツにしては半端ない暑さ。内陸地のベルリンは34度とかなりの暑さ。

わかるんです。日本の暑さに比べればなんってことないよって。けどね、緯度で考えてもらうと僕たちの住んでいるところって北方領土よりもまだ北のサハリンの真ん中あたりに位置しているんです。だから例年の夏の平均気温は20度いくかいかないあか。そんな土地で30度越えは結構、堪えます。今年は北、西ヨーロッパは例年にないほどの異常気象。そしてまだまだこの暑さ、続きそうです。

そして今日から僕のドイツ語学校が再び始まりました。久しぶりにクラスメート。わいわいと楽しく4時間の授業を受けてきました。やっぱり学ぶ仲間がいるっていいですよね。夏休み期間中も一人で勉強はしていたのですが、誰かと学ぶのはやっぱり楽しいなって、今日の授業の後にあらためて実感しました。このクラス実はあと4週間で終了するので、その後が寂しくなってしまうなって今から考えている僕がいたり。

そんなクラスの初日は暑さのためかいつもの3分の2ほどの出席率。学校は朝の8時からと早い始まりなのですが、すでに暑い。もちろん普段は20度ほどの夏の気温なのでクーラーなんてものは皆無。窓を開け過ぎると熱波が入るので、少しだけ開けてあとはブラインドで太陽光線をカット。薄暗い中での授業となりました。

そして今日の宿題が、自分の好きな歌を明日もってきて皆に披露しましょう。というもの。もちろんどの国の歌でもいいのですが、僕はあえてドイツ語の歌をチョイス。

ユリ君と車で出かける時って、かなりの長旅の時なんですよね。車で4-5時間とか。その車中でラジオを聴くことが多く、ラジオ局から流れるのは大体において英語の曲。面白いでしょ?ドイツのポップ音楽ってドイツ国内でもそこまで数がないんですよね。だから強いのは英語圏の歌。僕が思うに7割英語圏2.5ドイツ、0.5フランス、またはスペインのポップ。

僕が思うに今のポップ音楽のテンポにドイツ語の音がのりにくいってのが最大の理由じゃないかと。ちょっと、字余り的な感じで響いて心地よさにかけてしまう、そんな感じがするんです。こんなこと勝手に言っていいのかって話なんですけど。これはあくまでも僕の意見です。

それが、ある曲がラジオから流れた時に、物凄くそのメロディーに魅かれたんですよね。王道ポップスの音でもなくて、すこしフォークのような感じもするしだけど、現代的でもあるその曲。しかもドイツ語の曲!!歌詞の中にフランス語が少し混ざっているのは大目に見てくださいね。なんだろう、イギリスの歌手、Didoを彷彿させるのは僕だけではないはず。ダイドの声は物悲しい湿り気を帯びた感じですが、そこに除湿機を置いて湿気を取り除いたら、こうなりましたって感じかな。

歌手の名前が日本人ぽくって覚えやすかったのも助かりました。その名前がNamika、で曲のタイトルがフランス語で難しいのですが Je ne parle pas francais ”フランス語は話せないけど”。

宿題のためにこの曲の歌詞を見たら、これもまた素敵。それも含めて、日本のタイトルを”フランス語話せない”じゃなくて、”フランス語は話せないけど”に。

これ恋の歌なんですよね。フランスのパリに来たドイツ人女性。フランス語を喋れるわけでもないし、特に何をしたくてここに来たわけでもない。ただ、そこで出会ったフランス人と意気投合。その人が何をフランス語で言っているのか全く理解できなけれど、その心地よい響き、その人の雰囲気や、しぐさに、”どうぞ、もっと喋って。”と促します。言葉を超えた二人の会話はずっとずっと続いていく。

なにか、ドイツ語教室と似てるなって。僕たちもお互いに完ぺきではないドイツ語をしゃべってお互いの生活や国、習慣を理解しようとしているんですね。もちろん100%通じているわけではない、だけどそこには一種の強い関係性が生まれて、お互いだけがわかる、例えば言葉を交わさなくても。

皆さんにもその素敵な曲をお裾分け。

ね、くせになるメロディーと、ドイツ語の響きも硬すぎず、かわいい。あと、フランス語の響きもいいなって。

そうそう。先週末に作ったティラミス。おいしかった!!3日間に分けて食べたのですが、冷蔵庫に長く置いておいたほうが美味しさが増すように思います。最後の日が一番、”おいしい!!”って思える味でした。

帰ってもいいよと背中を押されているようで

金曜日はドイツ語の授業がないので、穏やかな午後の時間を過ごしています。ユリ君もいないので早く起きる必要はなかったのですが、7時には起きて軽く朝ごはん。その後、晴れ間が見えてきたので走りにいくことの。前回は北海まで走りに行って戻ってきたのですが、ちょっと計算をミスしたのか目標の10kmに届かなかったのです。あと1.2km増やすにはどうしたらいいのかな?と考えて地図を見ながら、緑の芝生の堤防の上で走る距離を延ばすことに。

今日は雲と空がよいバランスで暑くなく、しかも北海からの潮の香りがフワっと広がって、黄色に変わってきた小麦畑の中を吹き抜けていっていました。本当に幸せを感じられるランニングコース。気持ちがいいですよー。僕は山育ちなので、潮風に吹かれて走るのは何となく心浮き立ってしまうんですよね。なぜかな?

シャワーを浴びて、ドイツ語の勉強をしているとニュージーランドで新しい生活を始めている友達から電話が。もともとロンドンで出会って、今は僕はドイツ、そして彼女は一時日本に住んだ後に、ニュージーランドへ。お互いに新天地の国で四苦八苦ありながらも、生活の新鮮味、文化の違いの面白さ、自分の成長の確認をして楽しく生きているよねとお互いに褒めあう会話となりました。新しい国に住むと今までに”当たり前”と思っていたことが当たり前ではなくなったり、簡単にできていたことが困難になったりすることが多いんですよね。そこで心折れることも多いので、できた時にはちゃんと自分を褒めるということが大事なんですよね。

僕の海外生活もあとすこしで15年。いろいろとありましたが、今いる自分の立ち位置、ライフスタイルは本当にいいものだと自負しています。

けどね、時に帰りたくなる時もあるんですよね。それは、常に帰りたいと思うのでなく、全く予期せぬ時に突然に望郷の念に駆られるんです。本当に一瞬で、だから身構えることもできなくて、一気に目に涙が溜まってしまうそんな感じ。どうでしょう、海外に住んだことがある人はこんな経験ありませんか?

例えば、夕暮れの空が僕の子供時代の記憶の空の色と同じだった時とか、雨が降る前に薫るコンクリートの匂いだとか。時をさかのぼって一気に自分が日本で過ごした子供時代へとタイムスリップしてしまうんですよね。

さて、今回はあるものが、この望郷の念をかきたててくれたんですね。いそれはある曲で、今まで聞いたこともなかったんだけど、、、、。もうね、歌詞ですぐにノックアウト。あとから、あとから涙が出てくるんですよね。

その歌というのが、中島みゆきさんの「ホームにて」という曲なんです。

ここに歌詞の載せるというわけにはいかないので、ぜひ探してみてください。もう。奥深い。

アメリカ生活のはじめ、イギリス生活のはじめのころに感じた心の痛みというのか、心の叫びが蘇ってきて、”そうだよね。あの時つらかったよね。帰ろうと思えば帰れたけど、一生懸命に歯をくいしばって、感情の渦に流されないように踏ん張って今のここまで耐えてきたんだもんね。”と自分を褒めてあげたくなりました。

これを読んでいる人には新しい環境で、辛く苦しんでいる人もいることでしょう。けどね、自分が壊れそうになりそう、崩れてしまいそう、そんな時はそこから逃げればいいのです。逃げることは恥ずかしいことではなく、それは自己防衛なのですから。そして、自分を待っている故郷がいつでもあります。

自分を支えてくれる一曲にまた出会えました。

 

水の中へゆっくりと沈んでいける音楽

またもやマイナス10度のドイツ。日差しは暖かなんですけどね、風が物凄く吹いているようで旗がかなりの勢いでなびいています。今日は走りに行こうかなって思ったのですが、この強風は寒そうなのでやめようと。

昨日は夜中に目が覚めてしまいました。目が覚めたときに何となく寂しさみたいなものを感じて、それと尿意を催していたのでトイレへ。時計を見ると後2分で午前3時。またベッドに戻って眠りにつこうと思ったけど、何となく心がざわざわ。なんだろうと思って考えるとちょっと前まで見ていた夢だってことに気が付いたんですよね。

僕はどこかの施設かなんかにいるようで周りには数人の子供たちがいて、僕自身もどうやら子供の様。多分12,13歳くらいかな?それで僕よりも少し小さな子供たちの話を聞いてあげているんですが、その内容がなんとも悲しいと言えばそれまでですが、心臓を貫くような痛みのある話をするんですよね。積み木を重ねながら最初は淡々と何が起きたかを語るんですが、その子が話をだんだん進めるたびに目には涙を浮かべて、それでも口調は同じで機械的なしゃべりで。それでもどんどんと頬を伝わる涙。そして話し終えると僕を見て、”だって、誰かがこの話を証言しなくちゃいけないんだもんね。”って真正面に見つめられて、僕も一気に泣いてしまうそんな夢だったんです。それから少しだけ泣いたら、疲れたのかまた眠りに落ちました。

子供が好きかと言うとその返答に困ってしまいます。子供と遊ぶし、慕ってくれるので周りは僕が子供が好きだと思っているようですが自分では育てられないなっては思うんですよね。子供の残酷さと、その純粋さに長い間向き合うことが僕にはどうしても無理だから。だから、数時間とかだったらいいんです。自分も子供になった気持ちで、僕の精一杯を使って遊べるから。だけど、長い時間はその子供の純真さからゆえの悩みやしがらみ。子供だからと言う理由で理不尽な境遇にある時を、見かけたり、自分がその根源になるのがどうも苦手で。けど、子供の持つ純真さが一番苦手なんだと思うな。

そんな事を思って起きた朝は、なにかその心境に会う音楽を聴きたなと思って選んだのが、鬼束ちひろ。

月光がとくに有名ですが、他にも沢山の素晴らしい曲があって。最近は、蛍とか陽炎が気に入っているのですが。彼女の音楽って歌詞が本当に素晴らしいんですよね。明るくはないし、どことなく静かに心臓をえぐられていく感覚に囚われてしまうのんです。だけど痛みと言うよりも気づきと言うのかな。湖の底にに少しづつ太陽の光の反射を見ながら沈んでいく感じ問うのがぴったりかな。

あと彼女の音楽は日本語がはっきりと聞こえるところもいいなって。歌詞を読んでいても抽象的なところもあって全体的なイメージとしてとらえるのは難しいものがあるけれどメロディーに乗せてその1つ1つの言葉を脳に入れていくと鮮明な画像になるんですよね。あれは本当に才能だなって思います。それと彼女の声質もあるのかも。そしてその歌詞の中ではいつもは自分が主人公として見えるのが深く共感してしまう所なのかもしれません。

どうです?鬼束ちひろの音楽とともに心の深い場所にゆっくりと沈んでみませんか?

 

静寂と透明感をくれる音楽

昨夜はユリ君が元同僚のサヨナラパーティーに出席をしていて、一人で夜を過ごしていたんですが、、、、。少し前の僕のブログで最近何にはまっているかを読んでいる方はご察しでしょうが、、、、。そうなんです。シヴィライゼーションのゲームをずっとしてました。4時間くらい。長い間ゲームしたなって感覚ではなくて、”え!もうそんなにたったの!”っていう感覚です。

いつもは10時に就寝の僕達ですが、ユリ君の参加したパーティーが盛り上がったようで、帰宅が11時過ぎ。僕もいい加減にゲームをやめなきゃなと思ってパソコンを閉じると、ちょっと頭が痛いし、目は疲労感があるしで、ビックリ。このゲーム、自分の国を育てるゲームなのですが、ゲーム上でも一つの国を切り盛りするのは大変なのに、これが本当の国で、国民を幸せにさせながらも自分の国の富を増やしていくのは尋常ではない神経の強さと、忍耐力がいるんだなと感心しました。ね、ゲームをしながら色々な知識を得ているわけですよ。(いい言い訳を探してるだけなんですが。)

眠りについたのは遅かったのですが、朝は変わらずに6時起き。今日はユリ君の両親が昼頃には来る予定なので、いつものペースよりも早めでことを済ませている午前中です。

アパートの窓辺にはユリ君の妹がくれたトマトが物凄い元気のよさで、四方八方に伸びているのですが、その実が最近赤くなってきたんですよ。

けどね、大きさが本当に小さくてミニミニミニトマトと名付けれるくらいの大きさ。大き目のブルーベリーのサイズなんです。”もう赤いから食べようよ。”と僕は言っているのですが、”いや。もう少しだけ赤くなったほうが美味しいとおもう。”と言うユリ君の意見を尊重して、いまは観賞用に。

そんな金曜の朝は穏やかな晴れた空で、宇多田ヒカルの3作目のアルバムDeep Riverを聞きながらこのブログを書いています。彼女のオリジナルアルバムは全部、持っているのですが朝を穏やかに、そして透明感に包まれたいならこのアルバムだなって。ほかのアルバムに比べて”静”の雰囲気が強いように思います。

新曲のForevermoreも、本当に素敵な歌詞で、その言葉が乗るメロディーも寂しげで、だけど底辺の力づよさが感じられて、聞き入ってしまいます。宇多田ヒカルの歌詞は、彼女の思考が詰まった彼女なりの人生哲学だなって、いつも読みながら考えさせられます。

アルバムごとに違った色を見せてくれる彼女のアルバムが早く出ないかなって、楽しみです。今度は大人として生きる儚さ、もろさ、だけどその根底にある愛という強さがコンセプトトとなるのかと一人思いを巡らせています。

穏やかに過ぎる夜の時間

今日は長丁場の仕事だったので、家に帰ってきたら疲れを全身に感じました、僕が仕事の疲労感を感じるのは、仕事を終えて家に帰り着いた瞬間。ドアを開けて靴を脱いで、ほっと息を吐いた瞬間に全身を疲れが包む、そんな事が多いように思います。写真の仕事にしろ、テイクアウェーの店でも一定のテンションで(しかも少し高めで)働いているので帰り道まではその余韻でどうにか頑張れるのですが、家に着くと一気にその仮面が剥がれてしますようです。

ユリ君とのスカイプ電話の後にソファーに横になったら、いつん間にか眠りに疎開に落ちていました。だけど今夜は深眠にはならずに30分後には目が覚めて、その後シャワーを浴びに。立ち仕事を10時間してると体のあちらこちらが悲鳴をあげているのを感じます。熱いお湯に打たれながら自分で全身にマッサージを。特にふくらはぎ、足の土踏まず、肩と腕はぎゅうと押してやると軽い快楽的な痛みとその後に感じる血液の循環が心地いいんですよね。

それを終えて、今はラズベリーのジャムを入れてほんの少しだけ甘くした薄めの紅茶を飲みながら、このブログを書いているところです。

肌を伝うお湯と自分の指を感じ、口で甘酸っぱいお茶を楽しみ、雨に濡れた夜の匂いを嗅いで、また自分自身の時間を取り戻すこのプロセスが僕にとっては大事ことのように思います。

それと、もう一つ大事なことが。耳からも素敵なもの感じていたいじゃないですか。最近聞くのが、この音楽。

 

マックス  リヒターという作曲家。西ドイツ生まれのイギリス育ちと、何か僕の今の生活パターンにも共通して嬉しいんですが。彼の音楽は心の中にスーって入ってくる感じと、自分の中から奏でられる音楽のようなその相互性を持っているように思います。少しの恐怖と、懐かしさと、神秘さを小さな闇を混ぜて綺麗に並べた感じ。

この曲が、日本で最近公開された”メッセージ”という映画の中に印象的に使われました。映画もものすごくいいのですが、この音楽が本当に素晴らしくて。もし、見ていないのなら是非、映画館で。いい音響で聞くと本当に心と共鳴しますよ。

彼の作品の中でよく聴いているのはこの曲も入っているアルバム、The Blue Notebooks。この中には女性がカフカの作品の一部を音読したり、タイプライターの音などが入ってきたりで、これも粋だなって思います。

ちなみにその後に発表されたSongs From Beforeで朗読されるのは村上春樹さんの物語なんですよ。面白いですね。これには雨の音が入っていたりで情緒があります。

最近、歌詞がない音楽がすんなりと体に入ってくる気がします。これって年をとったっていうことなのでしょうかね。言葉のないメロディーに体を預ける楽しさを知れたというのは本当にいいなって思えます。多分歌を歌うのは自分の思いや願いを表現するけど、メロディーは心との共感が強いように思うのは僕だけでしょうか。

情景が浮かぶ

夜遅くにシャワーを浴びることに。日中は気温が上がるけども、夜はいあmでも寒さを感じるほど。そんな春の夜には、少しだけ浴室の窓を負けて冷気を入れながらシャワーを浴びることに。暖かなお湯と、少しだけ冷たい風が体を包んでくれるその温度差が心地よくて。

そんな時にふと歌ったある曲の出だし。

始まりの歌詞がいつも情景が浮かんで、しかも僅かな切なさを感じさせるこの歌。

この曲の始まりは、こう。

いつもは指輪をはずしていたのに どうして 昨日は腕も組んでいたの

あなたが待ち合わせ決めた場所なのに 今日は久しぶり仕事で遅れそう

これは1996年に発売されたglobeの7枚目のシングル曲、Can’t Stop Fallin’  in Love。作詞作曲はもちろん、小室哲哉。この曲を聴いたり、口ずさんだりすると得体も知れない切なさに襲われるんですよね。

これ、不倫の恋をしている女性の歌でしょ。いつもは指輪を外して”結婚の証を”見せない相手の男性。そんな彼との約束の前に少し早めについてその周辺を時間つぶしに歩いていたらそんな彼が奥さんと腕を組んで歩いていた。心臓を鷲掴みされたような思いがして、行き場所がなくなってメールで彼に伝えるメッセージ、”今日は仕事で遅れる。”そして賑わう繁華街の街を一人涙をこらえながらそれでも、たくましく歩いて帰ろうとする女性の姿が見えるんですよね。

この中の歌詞のスゴイって思えるのが、”腕も組んでいたの”と言う”も”という言葉の選び方。自分にはなくて奥さんにはあるもの、それだけでも窮屈な思いをしている女性が唯一勝てるのは、彼の愛情。それさえも奪われるかもしれにという女性の落胆と焦りの混ざったような感情を強める、この”も”の使い方。もう一つは、”久しぶり”という言葉。これは今までにもこのようないたたまれない状態に彼女が陥って、その度に使う逃げ道が、”今日は仕事があるから。”という言い訳。

その彼女の気持ちを察したら、いたたまれなくて。

僕は不倫の恋というのに反対ではないんですよね。生きているうちに自分にパートナーがいたとしても、時に他の人に心が揺らいだり、愛情が移ったりすることってあると思うし。付き合っているから、結婚しているから、その相手を愛さなきゃっていう義務的な愛情は、それはそれで不自然だなって。

だけどね、最低限のルールってあると思うんです。例えば、不倫をする人(自分にパートナーがいる人)は自分のパートナーも、新しい恋の相手にもどちらをも大切にする、そしてその相手を匂わすようなことはしない。だって一人の愛情を誰かと半分こしているなんてあからさまに見せつけられるのは嬉しいものではないし、このが酷くなると愛情の取り合いのような競争が生まれてしまうから。

けど、不倫の恋で一番悲しいな、損するなって思うのはこの歌の女性のような人。自分のパートナーはいなくて、愛している人には奥さんがいるパターン。だって、彼女の愛は”待ち続ける愛”だから。響きはいいのだけど、この待ち続ける愛ってその人をどんどん孤立させるから怖いなって思います。

不倫の恋って相手がいつ会えるかわからないことが多いでしょ?”家族の集まりがある。”とか、”子供が熱を出したから会えなくなった。”とか。愛される女は愛する男がいつでも自分のところに来れるように時間を空けておく。いつ来るかわからないから、友達との約束も簡単い入れられない、そうなると自分の周りから親しい人がいなくなって、その不倫の相手だけが唯一の理解者となっていく。そこが怖いなって。

不倫の恋もあると思うけど、そのバランスを取るのが本当に難しいなって思います。

こんな様々なことを考えさせてくれる音楽って秀悦ですよね。

このメロディー、歌詞、そして歌声

今日は快晴だったのですが、冷たい風が強くて気温はそこまで上がらず、、、、。だけど、太陽がさんさんと照っていると少し寒くても薄着になってしまうんですよね。最初にイギリスに来た時は、”何故に?”って思っていたんですけど最近はその気持ちがよくわかります。

長い冬で厚着をしているせいもあるんですが、”今年は夏が来るのか?”問題があるんですよね。イギリスの夏は日本の夏と比べて涼しく、湿度も高くありません。がしかし、夏でも長袖を着なきゃいけないような日々があるのも事実なんです。来る日も来る日も夏日っていうのは珍しくて、そうなると外はたくさんの人で溢れて太陽をできるだけ浴びようになるんです。それが時々、暑い夏が来ずに気がつくと秋なんてことがある年があるのでそうなると太陽があるうちに夏服を着ようとなってしまうんだと思います。

そんな冬と春の間に聴きたくなる歌声やメロディーってないですか?

僕はこの春の色が強くなってくるとMy Little Loverの歌声がどうしても聴きたくなるんですよね。澄んだ歌声と、独特のメロディーに軽い歌詞のようで奥が深い歌詞。彼らのアルバムは結構持っていてそれぞれにお気に入りがあるんですが、今かなりのリーピートできているのはデビュー20周年に出されたre;evergreenのオリジナルの方。

この中の”今日が雨降りだとしても”と”舞台芝居”。そして”ターミナル”も捨てがたい、、、、。

もし各アルバムから一曲ずつ一番好きな歌を出しなさいと言われたら、こんな感じかな。

1st evergreenからは めぐり逢う世界

2nd  PRESENTS からは 空の下で

3rd New Adventureからは Days

企画アルバムの The Watersからは ロンリーハート

4th Topics からは、、、これは難しんですよね。このアルバムは全ての流れが完璧なので。アルバムが大きな1曲な気がします。

5th Fantasyはあんまり僕の中で響かないんですよね、、、。

そこから6th 7th 8thは持っていなくて、re;evergreenは今の所は”今日が雨降りでも”かなって思います。

彼らの音楽を聴くとその音楽から見えてくる景色が潔く明るいんですよね。”未来に希望が持てる。”そんな感じが歌声の色にある気がします。想像力をかきたてる歌声とメロディーに、歌詞。

これから数週間はマイラバブームが自分の中で吹き荒れそうです。ユーチューブで”ターミナル”がフルで聴けるので聞いてみてくださいね。

自分のリズムを持って、日々の生活に挑む

冬に逆戻りしたかのような寒さのロンドン。今日は一番厚手のコートを着て仕事場に出かけました。

最近の通勤時間の過ごし方はもっぱら、無料新聞に軽く目を通して、その後はドイツ語のアプリで勉強。ドイツ語に本格的に取り組み始めたのが去年の6月ぐらいだから8か月ほど。喋れるまでには程遠いのですが、ユリ君のと会話やメールなどは時にドイツ語になることも。もちろん、簡単な会話だったり、語順や時制がぐちゃぐちゃだったりと”なんちゃってドイツ語”なんですけどね。

ロンドン中心地の駅に着いたらそこから25分ほど歩いて、職場に行くことも多いんです。結構、時間的に余裕がないので颯爽と歩いて行くんですが、この時自分のリズムをつかみながら歩くのが僕には大事だなって思うんですよね。

リズムと言っても、頭の中で勝手に自分で歌を歌ってそのリズムに乗って歩く事。これって面白くて、最初はある歌を歌っているのに、途中から他の歌に移行してたりして、歌っている自分も曲が変わっていた事にもきがつかなくて、”あれ、これ頭の中で流れてる曲ってなんにタイトルだっけ”って事もよくあります。

これ、仕事の時もそうなんですよね。何かを時間以内にしなければいけない。焦るほどに、上手くいかないことってあるじゃないですか?そんな時、自分の歌を歌ってそのリズムで仕事をすると上手く、テンポをつかめて自分自身も落ち着くし。効率性も上がる気がします。その曲の主人公になって、敵をやっつけるそんな気分になるんですよね。

イメージではこんな感じ。これ、ミュンヘンで見た像なんですけど、可愛いイメージの天使がこの力強さ。

皆さんも焦った時こそ、自分のリズムをとって頑張ってみてください。

ちなみに最近、僕の頭の中で繰り返されている曲はPerfumeの”Flash"っていう曲で、このPVが物凄くかっこいんですよね。あと、この曲が持っている躍動感と、フラッシュの光に例えた俊敏さが病み付きです。

 

疲労を回復するもので

いやー、疲れてますよ、今週は。まだ週の真ん中なのに、体も心もぐったり気味で困ってしまうほど。

身の回りの物事や、しなきゃいけないことが多いし、仕事もいつもよりも多めに働いているのでそのせいでしょうね。僕の体、どうやら週5日の仕事に向いてないようです。(こんなこと書いたら、週5日働いている人に怒鳴られてしまいそうですが、、、。)

そんな体をお風呂の温かいお湯につけて、しっかりマッサージもしてこれでスッキリなったかな?って思ったんでうすが、どうも疲れが残っている感じ。目の奥、肩甲骨の下のあたりが重い感じなのと、脳みそ寝ぼけていて、体が重い感じ。普段の2倍の重力で地面に引っ付いているような、そんな感じ。

どうしよう?いつものリラックス法を超えて何かが必要だ。

音楽だなって、思って最近気になっている音楽をかけてみるも自分の今の気分にしっくりとくるものがなく、聞いていても何か腑に落ちなくて、アンバランスな感じで、、、、。”何が僕に今必要なんだろう?”って考えてたどりついたのが、、、、。

Enya(エンヤ)。アイルランド出身の奥行きのある、しかもどこか遠くの世界にれてってくれるような歌声を持った音楽家。

イメージでいうとこんな感じ。

 

エンヤの出会いは、19歳で一人で移り住んだアメリカでのこと。初めての海外が、旅行ではなくて移住だった僕にとって最初の数週間はかなりのチャレンジでした。英語が上手いわけでもないので自分が思ったことを表現できないし、19年間も過ごした家族とも別れてホームシックでもあるし。そんな時に滞在していた人の家が、木の匂いがする新築(この持ち主の人が自分で建てたもの。)でリビングの天井が吹き抜けで、その高いところには窓が。そこから夜空が見えて、その晩は月がそこから見えたんです。せっかくだから電気を消して楽しもうってことになって、その時に聞かせてくれたのがエンヤのアルバムだったんですよね。それだからか、エンヤの音楽と月の夜空は僕の中で重なるものがあります。

今聴いているのはA Day without Rainというアルバム。僕の好きな映画、スイートノーベンバーに使われたOnly timeも収録されています。

エンヤの曲は真っ暗な部屋の中で目をつぶって、彼女の曲がか持ち出す浮遊感に自分を沈めることだと思うんです。身震いのような小さな感覚が全身に感じて、体が少し軽くなった気になりますよ。